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2009年6月

昨日の気付き

「病気」と言うのは、私は、良くも悪くも、その人の心の動きの傾向がモロに、その人の言動に顕著に表れてしまう・・・・・・可能性がかなり高くあると思っています。本当に良くも悪くもです。心がむき出しになるのです。

その人の様々な物事の捉え方も、心の動きの傾向がねじれていたら人に対して(特に家族には遠慮なく)ねじれて出てくるでしょう。それが(心の動きの傾向)まっすぐなら、まっすぐ表れて来ると思います。

これは身体や心の「病気」を持っている人が大事に当たった時に私は注意していなくてはと最近思わされています。

要するに、その人の芯と言うか土台(その人をその人たらしめているもの)が問われていると思うのです。自分は自分のセルフイメージのダウンの仕組みの答えが出るまで、悩み、あがいて、大変苦しみました。それを、文章化してやっと普通の人のセルフイメージまで神様と一緒に上がってきたのです。

それが、マイナスからの始まりでも今では、少なくとも違うマイナスの渦のストッパーにはなっています。これを見ているあなたも、きっと、大丈夫です。こんなに、過去、社会の屑扱いされて、キチガイにもなった、私が出来たのだから。人間そんなに馬鹿には造られていませんから。一寸の虫にも五分の魂の根性と私は思っています。

でも、ふと、思ったのですが、たとえ自分にとって他人から無責任な「嫌」な事を「健康な人」(一般的に心身共に疾患の無い人)に言われたら、当然、嫌な気分にもなりますが「心身共に病気持ち」の人は実は「健康な人」の何十倍も辛く受け取ってしまうと思います。(人によって大きく違いますが)下手すれば、傷つくし、心にしこりが残ったり、その人自体が壊れると言う言葉も存在します。言葉には、力があるのです。

昨日、Dr.は「教会に、この人は(私)はすぐ逃げる」と何回も言ってましたが、ハッキリ言うと、イエス様に従って生きる方が、厳しいです。でも、言えるのは現教会でも「~ねばならない」の中にも「自由」がある現教会です。私にも、この道へ行けばどんなに楽だろうと言う道もあります。でも、従うのです。泣きながら。悲しみながら。そういうところを通らせても、私は「神様は私を幸せにしよう」とお考えの事の従いだと思ってます。暗闇にしか光は分からないのです。

私は何回か、キリスト系の会社に面接に行った時も思いましたが、星野富弘さんの「グロリアアーツ」さんも、「徹夜も少なくない。クリスチャンだからって甘えては困る」とハッキリ言われました。クリスチャン新聞でも、かなり面接でつっこまれました。普通の会社の比じゃなかったです。そのように、イエス様に従って生きると言うことは、少なくとも「逃げ」ではありません。それなら、私はもっと甘い事を言う「新興宗教」に入信していたでしょう。

今の私が心に波は多少あるものの落ち着いてきて平安で、それは、誰が何と言おうと奪われないのは、それは、神様から来ているものです。私の辛さ、苦しみ、あがき、罪などは、イエス様の十字架で処罰された事は実感しております。だから、あえて言うのは、「逃げ」と言うのは少なくとも私の信仰態度ではないと思うからです。

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『Progress』(サビ) スガ シカオ

きっと探していた  理想の自分って  もうちょっと  カッコよかったけれど  僕が歩いてきた日々と  道のりを  本当は“ジブン”って言うらしい

ねぇ  僕らがユメ見てたのって  誰かと同じ未来の色じゃない  誰も知らない  世界へ向かっていく勇気を“ミライ”って言うらしい

世界中にあふれているため息と  君と僕の甘い挫折に捧ぐ  あと一歩だけ前に進もう

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診療クリニックにて

今日は、本当は、朝から身体の状態が良くなかったのですが、お仕事コーチがDr.の意見を聞きたいと言う事で、約束は守らなくてはと思い行きました。お仕事コーチが居たせいか、いつもの100倍キツイ事言われましたね。(;´д`)トホホ…

私は確かにお仕事は好きではありません。それは、確か。でも、いつ何の形で社会貢献出来るかは未知数だと思っています。親友の壮年にも、「この不景気はいつまで続くのぉ~~~?」と問いたら壮年の方は「もう、終わったよ。世界的な不況は」とメールで世界の新聞から景気は上がっていくと言う希望的観測をメールで教えてくれました。

今日のクリニックでは、Dr.は父性的なDr.のタイプなので、うちの女性的な(これは、父が胃の手術をした時、手術を担当した医者が言っていた見抜いた事です)父と全く違って「いざ!」と言う時は、頼りになるDr.とは思っています。でも、「十代から君を診ている」と言うのは、記憶違いです。20代そこそこの話です。でも、100倍キツイって言うのは、私としては、Dr.がお仕事コーチが居ると言う事もあると思いましたが、きっと、私にいかに精神科医として大事な事を病気を治したい患者に、どーしても理解して欲しかったのでしょうね。それが、ガーンΣ( ̄ロ ̄lll)と来なかったのは、私に何かしらの大きな欠陥があるという事でしょうかねとは思います。普通の人なら、凹むところが、かえって反骨精神が出てくるようになって追求し始めている所です。( ̄Д ̄;;

Dr.が「今日は、こんなにキツイ事言っちゃってごめんね。」と目を真っ赤にしてました。ある意味、やっと、そう言う話にこの子は耐えられるし、受け止められる、そして、今のお仕事の厳しさや現状はこうですと正直に言ってくれたのも、Dr.の優しさの裏の厳しさだと思います。恐らく、社会に出て行って、病気が治っていく。または、状態が良くなっていくと言う患者を多く診ていると言う事もDr.にとっては説得力があったのでしょう。(薬は飲みながらも)

電話でのクリスチャンカウンセラーと話すのは、本当は、あなたの奥様(カウンセラー)がそもそも「私を診たくない」と言った事からですよ。水晶やら、お札なんかをカウンセラー室に飾っておいて「なーにが、宗教の事をあなたは言っちゃうからだ」と私は思ってしまいますが。もう、私には関係ない人だとは思ってますが。女性は占い類大好きだからなぁ~。( ̄◆ ̄;)

まあ、Dr.は決して私を全否定したわけではありません。それだけは、分かります。お仕事面での一部を診て低い評価をあえてしたと私は捉えています。しかし、私が「統合失調症」であることは、知りませんでした。これから、ネットで検索してみます。「統合失調症って何?」と言う感じです。正直。( ゚д゚)ポカーンとしてしまいます。

今の社会にどーしても、適応出来ないと言う結果に落ち着いてしまったら、しょうがない、障害者年金に頼る事も考えます。

後はお仕事コーチのメールを待つのみ。うちの母と、Dr.は母と警察以上に犬猿の仲なので、母とDr.との相談は不可能です。まあ、最低なのは、「自分が正しい精神病者」と「自分は正しいクリスチャン」と言う事で今日は〆にしたいと思います。

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AI AI AI

「愛」と言うと皆さん、どんな事、どんな人、どんな想い、どんな・・・・・etcを想像出来ますか?「そりゃー恋愛だろう」と言う人も居ますね。それも、各自違うのだから、合っているのでしょう。でも、自分が愛という行為をしているのに、もし、こんな事を言われたらどうしますか?

「たとい、私が人の異言(外国語)や、御使いの異言で話しても愛がないならやかましいどらや、うるさいシンバルと々です。また、たとい私が預言の賜物を持っており、また、あらゆる知識とに通じ、また、山を動かすほどの完全な信仰を持っていても、愛がないなら、何の値打ちもありません。また、たとい私が持っている物の全部を貧しい人たちに分け与え、また私のからだを焼かれるために渡しても、愛がなければ、何の役に立ちません。」ここで何も分からない。ポカーン(´ρ`)と引いてしまう人は多いでしょう。では、その愛の更に内容を示す手掛かりが続く聖書の御言葉から伺えます。

「愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、怒らず、人のした悪を思わず、不正を喜ばずに真理を喜びます。すべてをがまんし、すべてを信じ、すべてを期待し、すべてを耐え忍びます。愛は決して絶えることがありません。」(Ⅰコリント13:1~13)故三浦綾子さんが生前仰っていたかと覚えてますが。この「愛」と言う単語を「私」に(老若男女問わず)置き換えて入れて考えてみて欲しいと確か仰っていました。私個人はこの聖書箇所は、人間が持てる「愛」ではなく、「神様の愛」と考えています。何故って?少なくとも私にとっては、この「愛」は限界のある人間には完璧には到達出来る「愛」では無いか?と思うからです。(だって、「愛」=「性欲」ほど、比例しないものはないからね)

「愛」=「恋愛」だけじゃない。「愛」=「恋人」だけじゃない。「愛」=「結婚」だけじゃない。「愛」=「友達」、「愛」=「両親」、言い出したらきりがないぐらい、人の数だけ様々な思いがあるはずです。でも、この箇所の「愛」と言う単語だけ自分の中で一人歩きして「愛」しているのだからと、何でも良いとは言っていないと思います。私がこの箇所から学べる事は、「愛」=「神様」と言う事です。何故かというと神様は「愛」そのものであり、「愛」を知らない人は「神様」を知る事が出来ないとさえ聖書では語られています。だからといって、私個人が「神様を愛してるの!」と豪語出来るような信仰の持ち主ではありません。ただ、その神様の愛ゆえに、私たち無力な者達を「それでも、あなたを愛する愛」とか「愛される価値のない者を愛する愛」「汝は愛する価値あり」と断定する「愛」の表現の仕様のない神様と少なくとも言える事は確かです。

。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚

「神様が苦しまなかったら、私たちは神様の愛を知る事が出来なかった」「私たちが苦しまなかったら、私たちは神様の愛を知る事が出来なかった」

。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚

「Who I am」

私は何者なのか  全地を治める主が  私の名前を気にとめてくださるとは  まして心の痛みなど  私は何者なのか  明けの明星  イエスの光が  私の道を照らしてくださるとは さまよい続けた心のしるべとなって  何者でもない私に  主がしてくださったことは  私が何かをしたからではなく  主が偉大だから  私は一輪のはかない花  今日は咲き  明日は散ってゆく  大海にはじける波  風に消える霧のように  それでも主は私の声に耳を傾け  くじけそうな時はかかえてくださる  私は主のものと・・・・・・

私は何者なのか  主は私の罪さえ  ご存知なのに  愛に満ちたまなざしで  私を見つめ  よみがえらせてくださるとは  私は何者なのか  荒れた海をも治める主の声が 大雨の向こうから私を呼ばわり  心の嵐さえ静めてくださるとは  何者でもない私に  主がしてくださったことは  私が何かをしたからではなく  主が偉大だから  私は一輪のはかない花   今日は咲き   明日は散ってゆく   大海にはじける波   風に消える霧のように  それでも主は私の声に耳を傾け  くじけそうな時はかかえてくださる  私は主のものと・・・・・・(後略)

○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*

すみません。私の大好きな賛美なのですが。誰が歌っているのかが分からずにいます。知ってらっしゃる方教えて下さい。宜しくお願い致します。

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すげーのが出てきた

今日は自分の部屋の掃除をやっていて、ふと、あるファイルを見つけて「うわー!すげーのが出てきた!こりゃ、財産じゃ!」と思った、フロイトの『精神分析入門』のファイル。これは、鬱や統合失調症が珍しい時代じゃなくなった現代、是非、触れてみると面白い人間理解が出来る書物だと思い、当時の私が25枚のタイプ打ち(Windowsが無い時代)のをここで起こしたら面白いかなあ~と思ったわけです。( ̄ー ̄)ニヤリ

フロイト『精神分析入門』より 第二講 錯誤行為

精神分析の観察の材料は、他の学問ではとるにたらないものとして捨てて顧みられないこと、いわば現象界の屑のようなものから成り立っているのです。

若い男性諸君におききしたい。みなさんは自分が女性から好意をもたれていることをほんの小さな兆候から読みとっておられるではありませんか。まさか赤裸々な恋の告白をされたり、情熱的な抱擁を受けてはじめてそうかと合点なさりはしすまい。人には気づかれないくらいの眼差しや、ちょっとした身のこなし、ほんの一秒くらいながく握手するだけで、証拠はもう充分ではないでしょうか。

些細な兆候を軽んじてはならないのです。十中の八、九までは、このほんの小さな証拠から重大なものの手掛かりをうることができるからです。

小さな問題も大きな問題も、すべてはつながっています。

仕事というものは、強い注意をはらっていない時に、とくに正確にできるものなのです。錯誤好意という不運の多くは、しくじりをしないようにと注意する時にこそ起こってくるのです。

なぜわれわれはこのような言い違いをして、別の違った言葉を口にしなかったのかを問題にすることもできるはずです。

言い違いの結果がどうなるかを考えてみることができます。この問いに答えることができず、言い違いの効果が解明されていないかぎり、たとい生理学的解釈はできても、この現象は、心理学的には偶発的なこととされたままになってしまいます。私が言い違いをするとする。しかし、その場合には、言い違いの仕方は無限にあるはずではありませんか。一つの正しい言葉の代わりに何千とある他の言葉のうち一つを選んで口にすること、すなわち一つの正しい言葉の代わりに無数の言い違いをすることができるわけです。あらゆる可能性の中から、わざわざこの言い違いの言葉を選ばせたものは、はたして何者なのでしょうか。

言い違いは、やはりある意味では見まごう余地なく、ある別の、筋の通った願望の表現なのです

(以上1頁目)

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いや~見つけて、これは、分かる人にしか分からないのかもしれないが。フロイトが世に「精神病」を広めたのは言うまでもないかと思う。だって、フロイトが世にこのカラクリを出さないうちは、確かにそういう人はいたのだけれど、下手すると牢屋の中に入れられたりしていたわけで・・・・・・。急に医者に「私は精神病です」と訴える人が多くなったと言う人が多かったと聞く。ちょっと、性のどうこうって言うのは理解できないけれどね。(;´▽`A``

BGM♪ 「Sara Smile」 by Holl&Oates (私は、彼らがヒットメーカーの時から大好きだった。「Private Eyes」なんて名曲中の名曲だと思っている)

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今回は彼の文章で

私の悩みまくった青春時代のアイデンティティーの一部になった芥川賞を受賞した「赤頭巾ちゃん気をつけて」(著:庄司薫)からの文章の引用をしようと思う。ちなみに、彼は、私が(三浦綾子さんはのぞいて)大好きな作家である。

たーまにだけれども、クリスチャンでない作家さんでも、「この人は、人間の『原罪』について語っているのでは?」と思わせられる作家さんの作品も決して少なくないと私個人は思う。

もしかしたら、庄司薫さんも、その一人かもしれない。その人の本を読んで終わりじゃなくて、考えさせてくれる。これは、素晴らしいですよ。一緒に作家と悩み、答えを探す。

そう言う作品が大好きだ。o(*^▽^*)o今でも、彼の作品を読み返す。

「ぼくが毎日いろんなことにぶつかり、そこで考え感じそして行動するすべては、はたからはどんなにつまらない既成概念(たとえばお行儀のいい優等生)に従っているように見えようとも、このぼく自身にとっては、それこそぼくがぼくのなかに『薫・薫・薫・薫・・・・・・』と銘をうってつみかさねてきた、ぼくの体験、ぼくの知識、ぼくの記憶、ぼくの決意、ぼくの思い出、ぼくの感動、ぼくの夢といった、つまりぼくのすべてとの或るわけの分からぬ結びつきから生まれてくるものなのだ。そしてぼくは、いまのところまだわけの分からぬこのぼくのなかのさまざまな結びつきをできるだけ大事にしよう、その結びつきの一つとなるはずの一つ一つのぼくの出来事を大事にしようとそんなことをいつも思っている。たとえそれが女の子を泣かさないといった言ってみれば馬鹿みたいなことであっても、それがなんていうか要するにこのぼくのものである限り、いつかは必ずぼくの何かと結びついて、あるいはぼくをそれこそいろんなスレスレのところで、どっこいまだまだと辛うじて支えるものとなるかもしれない、なんて。なんだかうまく言えないのだけれど、でも考えてみればこういうことは、やはり実はもともと他人に言ってもしょうがないこと、そのことをしゃべろうとすると、どうしても自分にきり通じないような言葉でしか話せないっていったようなことなのかもしれない」

本当に、こうゆう事って言うのは、庄司さんも言っているように「どうしても自分きり通じないような言葉でしか話せない・・・・・・」って言うのは、私は毎日感じていたりする。

そして、この「赤頭巾~」の最後に書いてある言葉が大好きだ。と言うよりも、なんだか庄司さんが、私も同じく苦しんだような、ある意味『戦友』の言葉みたいに私には思える。

「ぼくには、このいまぼくから生まれたばかりの決心が、それがまるで馬鹿みたいなもの、みんなに言ったらきっと笑われるような子供みたいなものであっても、それがこのぼくのもの、誰のものでもないこのぼく自身のこんなにも熱い胸の中から生まれたものである限り、それがぼくのこれからの人生で、このぼくがぶつかるさまざまな戦い、さまざまな苦しい戦いのさ中に、必ずスレスレのところでぼくを助けぼくを支えぼくを頑張らせる大事な大事なものになるだろうということが、はっきりとはっきりと分かったように思えたのだ」

この言葉で、「赤頭巾~」は終わっている。後、大変興味深い文章を少なくとも私にとっては、彼の著書「狼なんかこわくない」(若々しさのまっただ中で犬死にしない方法序説)のⅢ、十年ののちで書いてある。紹介しよう。

「しかし落ち着いて考えてみれば、そもそもこんなことを平気で言えるようになったこと自体がぼくに一種の『免疫』或いは『筋肉』ができたことを意味するのではあるまいか、とぼくは今おおいに楽天的に希望をこめて推測している。『赤頭巾ちゃん気をつけて』に出てくる『ばかばかしさのまっただ中で犬死にしないための方法序説』というやつには、「逃げて逃げて逃げまくる方法』という一章がある。それを、具体的に庄司さんの著書「バクの飼い主を目指して」で書いてあるのだが、今、どーしてもその著書が見つからないので、私の記憶を頼りにしよう。

ある、少なくとも他人じゃなく、自分にとって、大きな事柄、問題にぶち当たった時に、自分で解決出来そうもないと思われたら、それから、ひたすら逃げて逃げて逃げまくれと言う方法だった。それで、逃げて一人になった時、それでも、その問題が自分の中で解決が必要だと自分で判断するのなら、それは『本当に自分自身の問題』であるという事。大切な事であり、自分で処理する事柄であること。その判断は、自分でしか分からない。「ばかばかしさのまっただ中で犬死にしない方法序説」では、確かそのような内容も含まれていたと記憶している。そして、私も同じように逃げて逃げて逃げまくった事は言うまでもない。

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こうゆう、青春の足跡をたどり直す心の作業も必要だと思う。庄司さんの作品は、本当に私のアイデンティティーの確実に一部であり、また、言動においても一役も二役もかっている。聖書も大切だが、幅広く第三者の目なども必要だと思われる。

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でも、最近思うのは、喜び方。私は、あんまり興奮する英語で言えばエキサイトするようなものには注意が必要だと思っている。最近は、はらわたからじわ~んと神様からの恵みを感じられて涙がハラハラと流す事が多くなったが、以前のような興奮する、エキサイトすると言うような表現の喜びはちょっと難しい事を言うと「エロスの愛」ではないかと思ってしまう。少なくとも、「神様の愛(アガペ)」ではないと思われる。まあ、こんなのは分別臭くて嫌かもしれないけれど。ちょっと、気をつけなくてはな・・・・・・。「エロスの愛」は。

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You Tube にて得たもの

北斗晶は、いまでこそカリスマ主婦(*^-^)で、旦那様思い、

子供もかわいがっている元女子プロレスラーである。

今日は、ふと、北斗晶の女子プロレスラー現役の頃を

もっと知りたいと思って、検索をしてみた。

(GAEAから出ているビデオは持っているが)

始めに感想を言おう。「彼女は凄かったし、

素晴らしかった。少なくとも普通のほんじゃそこいらの

女子プロレスラーではない」見ていて、

私は、何度、言葉が出ないぐらいな気持ちにも

なって正直感動した。

リング上では、例えば、ミュージシャンも同じなのだけれど、

どう、自分を見せるか、自分の見せ所を知っていないと

リング上では決して輝けない。

北斗晶選手は、そんな事はもう口に出さなくても試合を

見ているだけで、ガンガンに伝わる選手だった。

もう、一言「カッコイイ!!!」だね。

あんな女にはなれないけれど、

あんな見事な生き様をリング上で展開

していった北斗晶選手はそうそう居ないぞ。

(断言出来る)

北斗晶選手が引退する時に、GAEAからビデオが出たが、

見ていてもいっつも「この人はただ者じゃない。

この人はただ者じゃない」と思っていた。

もう、ひと味も二味も違う。そして、彼女は頭が良い。

実は、プロレスラーって頭良くないと出来ません。

身体が強いだけではダメです。やっていけない。

北斗晶選手が引退を考えたのは、やはり、

母親になってからの事情だった。

人の良すぎる旦那の健介を「この人は私が居ないと、

ダメになっていくぐらい、いい人すぎる」と思ったらしい。

そして、親友の死。可愛い盛りの子供をおいていった

親友の死に顔を見て彼女は、引退を決意したそうだ。

やはり、正直に「試合の後とか、次の日に子供をだっこ

してあげるのが体力的にキツクなってきた。

我が子をも抱けない。私は人よりスポットライトをあびてる分

2つも3つも選べない。(我が子を考えると)毎日、

プロレスの事を考えられなくなったのが一番の引退の理由だ」

と言うような発言だった。

しかし、彼女の試合はプロレス初心者の方でも、

是非、観て欲しい試合が沢山ある。こうゆうレスラーも居たのだ。

そういうレスラーが輝けた時代があったのだ。

それで、見ているファンが勇気づけられ、

明日から頑張ろうと働き場へ行くのだ。

プロレス観戦の時の一番面白かった時の思い出と言うか、

よくある事だけれど。

隣のおじさんとかが、話しかけてきて所属選手の

紹介諸々を教えてくれた。

例えば、アルシオンだったら「(今でも現役)吉田万里子は、

あの身体は主婦の身体じゃない。」

私が「どうゆう選手なんですか?」おじさん「関節関節(関節技)」

とか、色々とレクチャーしてくれたりした良い時代だったと思う。

そして、世の不景気と比例して、だんだんプロレス界でも

興業が成り立っていかなくなったり、合併したりと、

その団体の色が難しい読みの時代になった。

今では、プロレスにお金をかける余裕がないので、

昔の良き時代のYou Tubeで見れるので、

プロレスにまだ未練があったりする人や見たいなあ

なんて思っている方は、是非、検索してみてください。

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カリスマ主婦になった北斗晶さんもチャーミングですが、

彼女の過去も涙が出てくるぐらい最高にカッコよかったよ。

伝説となっている、「北斗vs神取」戦も見れる。

そして、自分の足の怪我で

(選手にとっては特別なもの。神聖なものですベルトは)

対アジャ・コング戦で「今回のベルトをかけた試合は、

こんな身体の状態では、ベルトを汚す事になるので、

それは、辞退したい」と言う北斗選手の試合も

まあ、アジャ・コングに足の怪我一点集中攻撃で、

散々ですがそのコメントで私は、どれだけ彼女が

プロレスを愛していたかをまざまざと見せつけられました。

素晴らしいです。一つの事を、人生かけて

身体張って頑張るって。(o^-^o)

凄い、感動したな。今、女子プロレスもほとんど衰退していますが、

GAEAの会場に黒い布に白い字で、

「北斗信者」が掲げてあった旗は北斗選手を

象徴しているようでした。

私も北斗晶さんに惚れ直し中です。(*゚ー゚*)

○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*

しかし、なにぃ~~~!新日本プロレスの金本浩二選手が、

Hikaruと入籍!?!?

まじっすか!金本忘れてたら、まあ、Hikaruと出来ていたのね!

それだったら、私は、新人の頃から目を付けていた

棚橋選手にアタックするぞ!

まあ、悔しいので冗談はここまでで・・・・・・。(もう、基本アホなんで)

(棚橋選手は一度、女で包丁で刺された痛い経験がある。

恐らく、あの筋肉がなかったら死亡していたでしょうとの事)

今は、プロレス界はファンがK-1や、他のもっと危険で

殺気のある格闘技にすっかり取られて元気がないかもしれません。

でも、私は今だに、北斗晶選手の試合は得るものがとても大きいですね。

彼女は、リング上では私にとって「オンリーワン」な特別な選手でした。

引退試合でも、涙一つ見せなかったところも大好きです。(o^-^o)

(何か、プロレス宣伝ウーマンになってしまいましたがお許しを・・・・・・)

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電話でのカウンセラーさんと

昨日はですねー。もう、電話での会話で盛り上がっちゃって

盛り上がっちゃって(相手はカトリックの女性だったのですが)

爆笑の渦。o(*^▽^*)o

こんなに、教派が違うのに、意見が一致する人で爆笑

させてくれたのは初めてかも。

「だって、教理なんて人間が作ったものじゃない!って

教理をふりかざす人には腹が立っちゃって

言いたくなるのよねぇ~!」と二人で「私も言います!」と

こういうのが、意気投合って言うのでしょうね。

他にも、諸々、しゃべりまくりで爆笑の嵐で。o(*^▽^*)o

エネルギーをかなりもらった。

よく言われるのは「あなたは、全く、病人に見えない」。

今回の面接のおばちゃんの態度なども、

そういうガーンモヒャ━━((゜Д゜Uu))━━!!!!!!

と言う経験があると、ぶっ倒れて起きれなくなる人も

少なくないらしい。私は、滅多に凹まなくなりましたが、

少なくとも、ゼロの地平にまでやっとなってきた

自分のセルフイメージは、ちゃんと守りたいと神様に祈る。

どうぞ、クリスチャンの皆さんは共にお祈りして下さい。

○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*

職は、本当にデカくて、時給が高い所は無理!と判断。

私は今は、毎月のお小遣いと家や教会に多少お金を

入れられれば良いので、ちょっと、クローズで、条件絞って

探そうかなと思っている。

しかし、すげーなー神様は。だって、この私に3人のお仕事の

プロがついているのだから。

その連携も素晴らしいと神様に感謝しなくちゃね!(*^-^)

♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:

昨日のある人のブログを見て思ったのだけれど。

この人は、もしかしたら、1人(独身)の方が、

強くなっていけるかも・・・・・・と思いました。

そっとしておこう。もう、連絡は取るのは止めようと

思ってます。彼らのニューアルバムには期待はしてるけれど、

深入りは出来ないし。彼らと関わる事に関しての

デメリットを考えてもかなりある。

『情』の部分では、私の課題でもあります。

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しかし・・・・・・。私がこの間、わめいたおかげで、

父もやっと娘が普通の娘じゃないことを少なくとも

あの怒りの爆泣き状態で分かったようです。

社会にもストレスがある。家庭の中にもストレスがある。

音楽業界なんてましてや、最大級のストレッサーである。

私がまた、レスポールのギターを出してきて、

曲作りなんぞをやり始めたのには、理由がある。

誰がどんな動機で、こんな音楽を好きになるのかが

全く分かるはずもないけれど、私には悲しくて悲しくて

耐えられなくなってギターを持ったりする。

やっぱ、元々はアート志向なので、追求するのは美と激しさ。

ちょっとお休みの間に、趣味としてエレキギターを見直そうかなと。

初心に戻って。マイナスをプラスに変える作業としては、

正直、どうかとは自分でも思いますが。

何か、気持ちがあるうちにちょっと「ワスレモノ」を探そうかと

思っております。

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黒革の手帳

私が敬愛する松本清張先生の名著「黒革の手帖」じゃないけれど、

私も、自分の黒革の手帳が存在する。

そこには、私が何故、キリスト教に導かれて来たかの格闘の日々が

綴られている。今の私が読むと一言「すさまじい」葛藤の記録である。

故三浦綾子さんに、私が個人的にお手紙を出し、三浦ご夫妻の

お返事での祈りと勧めで求道を始めた。

「神様はいらっしゃる!そして、三浦ご夫妻を強力に愛しておられる!

私もその神を知りたい!」と言うのが私の本格的な求道の始まり。

しかし、なかなか教会が見つからなくてかなり悩んでいた時期。

当時、我が市では、教会は二軒しかなかった。

教会が見つからない間の私の「黒革の手帳」はすさまじく

神を求めている時期だった。

もう、聖書も理解出来ないのに、よく、こんなに激しく

求めていたと今は思う。

今は、自然に(聖書通読は今「ヨハネの黙示録」です)

3章に何回か出てくる「耳のある者は御霊が諸教会に

言われることを聞きなさい」を第一に守ることが大切です。(*^-^)

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希さん率いる「天国民」(BAND)のCDは出ていないのですか?と、

事務所に問い合わせたら、「残念ながら出てないのですが、

要望が多いので今CDを作っています」との事。

「天国民」は、なかなかの良いサウンドです。

日本人によるゴスペルは正直あんまり好きではなかったのですが。

「あんな、カッコいいコードは弾けね~よ!」とずっとギターリストさんを

見てしまいました。

奥さんの久美子さんの笑顔は輝いていました。

ちょっと、笑いのセンスは、私とはかなりずれてましたが・・・・・・。

まあ、それは良いとして。

.。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。.

「個人の内部には、たとえ目に見えなくても、

その人の成熟に向かって絶えず前進する力と傾向がある。

それが、ある適切な心理的風土を与えられると

潜在可能性から現実性に足を踏み出す」(渡辺和子著より)

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指先がいかれてる

「昔取った杵柄」で、ある程度までは、エレキギターは弾ける。

でも、現役バリバリの頃とは比較にならない。

今日は、大好きなバンド「FREE」をコピーしていた。

昨日は、1年ぶりかにギターケースから当時16万円した

黒のレスポールを取り出した。

あまりにも可哀想な姿。埃だらけ。( ̄○ ̄;)!

今日は、ギターの弦も張り替えて綺麗にしてあげた。

こいつと、ステージでよく頑張っていた昔を思い出す。

しかし、昨日からギターをさわりだしたけれど、

左手の指先がもう、いかれている。水ぶくれ。

初心者にかえった気持ちで弾いている。

.。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。.

最近、ここら辺の土地の治安が悪くなっている。

ちょっと前も、パトカーのアナウンスで「最近、

故意に車やバイクのエンジン音や何やらの苦情が

来ており、そういう音があった時はすぐに警察に

知らせてください」とのこと。

今回はもっと酷そうだ。

「・・・・・(聞こえなかった)と言って家に上がろうとする

変な人がいるとの情報があり、また、そのような人が

居たら警察へお知らせ下さい」とのこと。

恐い恐い世の中になってきました。アブネ━━Σ(゚д゚;)━━!!

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

私はどうしても、フォークギターじゃなくて、

エレキギターな体質ですね。

これは、もう、ギターを弾いた事のある人は

凄くよく分かると思います。

エレキもアコギも弾ける人は羨ましいですが。

弟のメサ・ブギーのアンプは、私が5万で買い取れば

良かったと後悔しています。(2万円で買い取られた)

アコギもお金持っていたので、買っておけばよかった。

後悔してばっかじゃしょうがないので、

前を向くように、頑張りたいと思います。

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私にとって

私にとって、某バンドは小6から家庭に問題が山積していて20歳ぐらいまでの、

「命の恩人」のような存在だった。どっぷりと、その世界に浸っていたと言うより

本当に信仰と言うぐらいに、当時の私には大きなウェイトを占めていた。

家では、20年間も両親の不和が続き、父は母を「殺そうか」と思った

こともある。私も昔は母に父と同じ思いを持っていた。

そんな、マイナス負のエネルギーを燃焼して発散出来たのが音楽だった。

音楽は人を裏切らない。これが、当時の私の哲学だった。

しかし、もう、今は、80年代ではない。

悲しいかな。今の、音楽界での私の好きなジャンルで検索をかけて

みて、何が流行っているのかと某雑誌の人気投票での結果で、

調べてみた。BEST GROUPでの検索。

女性ボーカルしかも、歌メロが無い。怒号のようなデスメタルの影響

は明か。ギターの曲も正直「今は、こんなのが流行ってんの!?!?」と

全くついて行けない。メロディアスデスだそうです。

(知らんわ、もう)( ゚д゚)ポカーン

それじゃない、昔から頑固にこだわってやっている人たちも居る。

私が高校生から好きだった某バンドの皆さんもそうでした。

某バンドのリーダーさんとは、今年からメールのやり取りなどをしていました。

とっても、激しい音楽性ですが、やっている人は優しくて温かい人ばかりです。

高校生の時からそうだった。当時の思い出を思い出すと昨日から、

涙が出てきてしょうがないです。

私は、リーダーに淡い恋心があったんだなって。

でも、何で泣くのかと言うと神様から

テモテ2:22~23をガツーン!Σ( ̄ロ ̄lll)

と言われてしまいました。「それで、あなたは、若い時の情欲を避け、

きよい心で主を呼び求める人たちとともに、義と信仰と愛と平和を

追い求めなさい。愚かで、無知な思弁を避けなさい。

それが争いのもとであることは、あなたが知っているとおりです。」

聖書の注解書を読みながら更に深く読んでいけば行くほど

このⅡテモテ2章全体が、今の私に神様が語りかけてくださっていると

思うのと同時に、某バンドともお別れをしなくてはならないと

リーダーさんとも、会わずにこの音楽界から身を引く事に決めました。

そういう、音楽が嫌になった訳でもないのですが、究極の選択でした。

「昔の命の恩人」を選ぶか「今の神様の御言葉」を選ぶか。

私は、涙を流しながら「今の神様の御言葉」を選びました。

高校生からのファンだったため、『情』があったんですよね。

でも、自分なりに音楽を楽しむ事は相変わらず続けますけれど。

その長年の『情』には、ただいま、格闘中ですね。

その悲しみ、苦しみは、スパッと切れるものではありません。

格闘は続くと思います。

:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+

今日は久々に、体調が思わしくなく、過呼吸が出たので

教会はお休みしました。(;´д`)トホホ…

しかし、凄い雨ですね。

゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

お祈り、または、応援してくださっていた、お仕事の件では、

予想通り、履歴書が返ってきました。

せっかく、私の資料まで作って頂いたのに・・・・・・。(。>0<。)

(すみません)一週間後ぐらいに、コーチと一緒にクリニックへ

行く予定です。Dr.は快く「コーチと一緒に来てもいいですか?」

と聞いたら「良いですよ~」との事。また、その時はその時で、

宜しくお願い致します。

○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*

Ⅱコリント7:10「神のみこころに添った悲しみは、悔いのない、救いに

至る悔い改めを生じさせますが、世の悲しみは死をもたらします」

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PMSについて

もう、特定の女性とお付き合いなされておられる方や、

既婚者の男性は知っておられるかもしれませんが、

これは、知らないでいると大変損だなあ~と思われる

事についてちょっと触れようかなと・・・・・・思っている次第です。

まず、タイトルのPMSって言うのは「プリ・メンストロール・

シンドローム」と言って、日本語では「月経前緊張症」などと

訳されているようです。つまり、「生理」が女性の身体と精神面に

多大に影響をもたらす事で、女性は「生理」によって、大変不安定な

状態に陥ると言う事です。ちなみに、私が今、生理中なので、

よ~く分かるのですが。私は、まだ、精神安定剤を飲んでいるので

軽~い方です。この、PMSで苦しんでいる女性は多いです。

普通の何の病気も持っていない女性にもかなり注意する期間なので、

婦人科の持病をお持ちの方の苦労は並大抵ではないと推測されます。

私は、「月経困難症」や、それに近い婦人科の持病をお持ちの方

は数名知っておりますが、彼女達の苦労は私の想像を超えますね。

普通の女性の例を挙げると・・・・・・(ある書から引用)

「イライラしたり、わけもなく落ち込んだり、怒りっぽくなったり、

悲しかったり・・・・・・(中略)この時期、女性は否定的になり、

過敏になります。日頃から感じていることがさらに敏感になり、

一のことが十に感じられるようになります。何でもないジョーク

に自殺したいほどのショックを受けたりするのです」

そして、こうゆう「生理」がもらたす女性の辛さを知らない方には

是非知って欲しいのは(再び書からの引用)「女性は魔物に変身する」

と言うこと。(一ヶ月に一度というか期間って言った方がいいですね)

「男性はこのことをよく理解しておかなければなりません。

月に一度、女性は魔物に変わるのです。PMSの時期には、男性には

全く理解できないことが起こります。彼女の話は、支離滅裂に聞こえるし

訳もなくイライラしていたりします。泣いたり、不安になったり・・・・・・

しかし男性はこの時期の女性に魔物に変わる権利を与えなければ

なりません。理論的にならず、むきにならず・・・・・・。それは、彼女たちの

責任ではないのです。女性が通らなければならない自然の営みなのです。

それと戦っているのは当の女性自身なのですから。だからこの時期、

男性は爆弾処理班のように、自分の行動や発言には細心の注意を

払うことをお勧めします。壊れやすいものを大切に扱うのです。

いつもそうしているに越したことはありませんが、この時期は特に

そうする必要があるのです。また、この時期、家に入るときは

「ここはお化け屋敷だ」と考えましょう。人は何を期待してお化け屋敷に

入るのでしょうか。恐いからわくわくするし、面白いのです。

そのような期待をもって家に入るのなら、何が起こってもそれは

むしろ歓迎されるべきものに変わるはずです。これは別に女性を

バカにしているのでも見下しているのでもありません。

男性がPMSに対処するための知恵として言っているのです。

ここまで言っておかないと、男性にはとうてい理解できないからです。

なぜなら、男性には生理がないからです。」

女性は生理前、生理中、生理後に身体や精神に多大な影響を

与えるバランスが崩れてしまうと言う事があると言う事を男性は

覚えておくと女性との長いお付き合いでは、PMS理解者になれるでしょう。

頑張れ~~~!独身男性者諸君!;:゙;`(゚∀゚)`;:゙

:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+

昨日は、もしかしたら「生理前」だったので、泣きわめいたのかもしれませんが

私はDr.からも言われてますが「あなたは、回復力が人よりある」と。

最近、本当に凹まなくなりましたねぇ。滅多にない。

母親はもう、私が元気だから怒る時はガンガンに怒られますが、

心は穏やかですね。私には、神様が通らせて頂いた道で

本当に学ぶ事が多いし、大きいんですよね。

何か、やっぱり私は人とは嗅覚が違うのかなあ。

普通の人がスルーする所で、「あれれぇ~???」と思う事は

多々ありますね。そこを、徹底的に調べます。

それが、後に自分のセルフイメージの回復に繋がります。

でも、今の私って、「どの道で、社会貢献出来るか・・・・・・」

と考え中ですね。まあ、その場が無いって言うのが正直な現状ですが。

○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*

久しぶりにFEBCさんを聴きました。42歳の女性が恵子さんの

郵便ポストで「何故、神様はクリスチャンの伴侶を与えてくれないのだろう」

と落ち込んでおられた方の相談をなされてました。

聴いていて「うーん。分かる」「でも、責める事はない」「落ち込む事もない」

など聴きながら唸っていました。_| ̄|○

私も、昔は、三浦綾子マニアだったので、信仰の道に入ったら、

「前川正」さんみたいな素敵なクリスチャン男性が与えられて、

結婚するかもなあ~なんて、アホな事考えてましたね。

せめて、三浦綾子さんと光世さんの結婚した歳には自分も

結婚したいと思っていました。

でも、最近は、ガッツク事がなく、まだまだ、結婚までには、

自分自身をよーく見つめて学んで成長、自立していないと

無理!だと思っています。それに、相手がある事だしね。

選ぶ権利も相手側にあるわけで・・・・・・。

仕事場では、おばちゃん達が「結婚は人生の墓場よ~」とか

「夫婦のどっちかが病気になったら別れるわね」とか

散々、聞いていたし、教会でのあるグループでも、

残念ながら不幸な結婚で、離婚裁判中で毎日泣いてらっしゃる

女性達を十以上は見ています。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

でもね。良い例も見てきてる。母教会で、割と親しかった

身体の障害をお持ちの初老の姉妹がおられました。

その姉妹は、ちょっと、話さないと姉妹の言っている事の理解が

難しい障害をお持ちでした。でも、彼女はクリスチャンではあるけれど

女性としても生きたかった女性でした。

随分、お歳を召してからのご結婚をなさいました。

その姉妹の夫となった兄弟は、その姉妹を車で日本中を旅させたと

言っておられました。でも、結婚して確か1年も経たなかったかな。

旦那様は癌かご病気で昇天されました。

天からのお迎えが来てしまったんですよね。

その後、姉妹も施設に入り、今は、天国で旦那様の魂と喜んでいるでしょう。

私は、その姉妹を目標に、過去の失敗も含め(;´д`)トホホ…

結婚は諦めずに祈っていこうと思っています。

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改めまして皆さま宜しくお願い致します。

私自身のセキュリティー機能を、これ以上低下させると私自身の状態が悪くなるため、

ブログをお引っ越しさせて頂きました。

メールも、変えました。まあ・・・・・・。事情はお知りになりたい方は、メールを下さい。

☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;:*☆*:;;;;;:*

昨日は、大変でした。(@Д@;

やっぱり、大きい会社は無理というか、縁がないというか・・・・・・。

逆に、求人票に書いてある事だと思って行ったら、もう、あのおばちゃん。

「引き継ぎはしてもらいますが。事務補助と書いてありますが、1人で全て

責任を取ってやってもらいます。出来ますか?」と言われて、(まあ、きっついね~)

呆気にとられてしまいましたよ。( ゚д゚)ポカーン

まあ、時給が千円以上なので、それだけのものが求められてしまうと割り切ってます。

ハローワークの担当者さんからも「あらーお疲れ様でした」と謝られてしまい。

でも、一つ発見。私の非常に悪いところ。

「自分のストレスが分かってない」(←アホですよ~もう)┐(´-`)┌

でも、身体に出ます。ストレスは。胃にきますね。

最近、吐くからねぇ~。_ノフ○ グッタリ

それに、NTTからの電話は皆さん注意!( ゚皿゚)キーッ!!

兄ちゃんも怒ってたけれど、とにかく光にしたくてしょうがないらしい。

電話での光への勧誘は、かなりしつこいそうです。

「そういうバイトなら(NTTのね)沢山あるよ」兄ちゃん談`;:゙;`;・(゚ε゚ )ブッ!!

私もビックリしたんだけれど、NTTが家に上がりたいまで言ってきたと言ったら

「そりゃ、ひでぇーな」兄ちゃん談(*^m^)

♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:

でも、昨日ね。NTTの事を知らなくて、また、誰かが嫌がらせしてきたのかと思って

それで、ブログも変えたのが大きいのですが。

もう、これ以上は母と同じ道を通りたくないと・・・・・・。

負の責務は十字架でもう、贖われたと信じたいですね。。゜゜(´□`。)°゜。

母も、心配しすぎてキチガイ扱いされ続けた人です。大変可哀想なのです。

でも、昨日はわめいたのは、私がこれだけ、毎日、外へ行くのにも、

危機感を感じてしまうのに私に対して無関心だった事が一番情けなかったです。

母は、それは、もう父には求めるなと言います。

だから、近所中に分かるぐらい昨日は泣きわめきました。

この家庭の不健康さが、一番、その家庭で弱い人に具体的に表れるので、

モロ私に来ますね。昨日は、父に見せつけようと自殺も正直考えました。

私は、悲しい連鎖を確実に引き継いでいます。

。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚

でも、神様は「あなたが嫌うものは、わたしも嫌う」と語ってくれています。

そこに、今は、希望を置きたいと思っています。

「シオンの娘」の由来は、私が一番好きなゴスペルシンガーの上原令子さんの

中で、一番元気な賛美です。

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