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2009年8月

統合失調症

いつからか、「精神分裂病」という病名が何となく、誤解を招くと言うことで「統合失調症」という響きが、身体の全身のバランスが崩れるというような、いくらか、優しい感じの言葉になりました。

私は、病名はハッキリとしています。「統合失調症」です。でも、「統合失調症」って薬で治るんです。

この病気と長々と付き合っていると、「ああ、出てきた・・・・・・症状」と思うと薬を飲みます。

すぐ、症状は改善されて、普通の状態になります。

でも、どの病気もそうですが、100人「統合失調症」の患者が居るとすると、100通りの症状の出方、処方の出し方があるのは分かります。

今まで、病名が同じだけれど、症状の出方が2パターンあるように思えてきました。

それは、「症状が“外”へ現れるタイプ」と「症状が“内側”にこもってしまうタイプ」です。

私なんかは、その時々にもよりますが、どちらかというと後者(こもる)タイプですね。

。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚

私は、今の歳で生まれていなかったら。

10年後に生まれていたら。

確実にもっと酷く学校時代から、「引きこもり」や「鬱病」になっていたと思います。

私が現に高校3年の時は、もう、ほとんど学校には行きたくなかったです。

○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*

でも、そういうのは贅沢というものです。

日本を含めたアジアの貧しい子供たち。

親が自分のために子供を性の道具とするために、買春させる。

もし、そんな家庭に生まれていたら、私も同じように、親に売られて、エイズで使い物にならなくなるまで性の玩具にさせられるかもしれなかった。

戦争にも、同じことが言える。

私も今を生きているから、「平安」と言っていられるけれど。

日本でも、「明日のない青年たち」の命の犠牲の上に成り立っている平和なんです。

「・・・・・自然死ではもちろんなく、自殺でもない死、他殺死を自ら求めるように、またこれを「散華」(*戦争を美化する。私はこれが一番許せないです)と思うように、

訓練され、教育された若い魂が、若い生命のある人間として、また夢多かるべき青年として、また十分な理性を育てられた学生として、不合理を合理として認め、

いやなことをすきなことと思い、不自然を自然と考えなければならぬように強いられ、縛りつけられ、追い込まれた時に、発した叫び声が聞かれるのである。

・・・・・・死んだ人々は、還ってこない以上、生き残った人々は、何が判ればいい?

死んだ人々には、嘆く術もない以上、生き残った人々は、誰のこと、何を、嘆いたらいい?

死んだ人々は、もはや黙ってはいられぬ以上、生き残った人々は沈黙を守るべきなのか?」(『きけわだつみのこえ』感想より)

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いつか、心の「矛盾」と「異物」について、考えがまとまったら文章にします。

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想い出されて

今朝、家族で選挙に行ってきた。

まさか、もう、放り出して手放したはずの記憶がよみがえって来るとは思わなかった。

小学校の隅っこの、バスケットゴール。

それが、目に入った瞬間、ありありとあなたへの、あの時の想い出が。

色んな風景には、想いがくっついている。

感傷にまかせて、泣きたかった。

美化するのでもなく、あなたは、一人でずっと小学校のバスケットゴールで練習してた。

その姿を犬の散歩で、見つけてしまった。

心にポっと灯りがともった。

「だから、好き」と思った。

その時の、感情がもう、リアルに想い出されて涙が出てきてしまった。

もう、すっかり忘れ去ったはずなのに。

何だかなーですよ。神さま。

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フルバでの、繭が佳奈とはとりの事で流す涙が美しい。

「悲しくなりたくて

寂しくなりたくて

人間(ひと)は人間(ひと)を好きになる訳じゃないのに

忘れて

消えてほしかったのは

あの日の二人じゃなかったのに」

(フルバ10巻より)

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ブッダby手塚治虫大先生

マンガと言っても、ピンからキリまである。

よく分からないけれど、私は何故か色んな場所で手塚治虫先生の「ブッダ」に出くわすことが多い。

つい、クリスチャンながらも読み出すと夢中になって読んでしまう。

どうも、読者を惹き付けてやまない魅力があるのだろう。

「ブッダ」では、ストーリーの中で読み取れるのは「人間とはこうゆうものだ」と言う事を手塚治虫先生が生き生きとまた生生しく描いている。

それが、読み手の心にストーンと伝えたい真理(あくまで、マンガの中のもの)が十分伝わってくるから、凄い。

それに、実に面白い。分かりやすい。シンプル・イズ・ザ・ベスト。(^・^)

故手塚治虫先生は偉大だった。

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SHORT LEG SUMMER と言うバンドがある。

このバンド、この間の千綿さんの原宿のフリーライブにて、対バンをしていたバンド。

MCで、「俺たち、実はTVに出ます!!!」

「ドラマでは、俺たちめちゃくちゃ売れてます!!!」(爆)

まー、演奏すれば気合入った演奏だったけれど、ドラムの音めちゃデカくて右耳やられた。

今は、すっかり回復しているが。

その、バンドの出演した刑事ドラマを見た。

正直、爆笑もんだった。ぎゃはは  _(__)ノ彡☆ばんばん!

生を見ている私は余計笑える。(本当は笑えるシーンじゃないんだけれどね(^^;;;

○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*

私が故三浦綾子さん大ファンであることは、知っている方は、知っていると思いますが。

この間、ちょうど、「太陽はいつも雲の上に」(私たちを支えた言葉)三浦光世・三浦綾子著が手に入った。

アマゾンで、検索をかけたら、中古であるという。

なんと!1円でほとんど送料だけ。(^。^/)ウフッ

こんなに内容が良いのに、何故、1円なのかが不思議。

そういえば、この本、もしかしたら、私が旭川の三浦綾子記念文化会館で、ご夫妻がテープに吹き込んで置いてあったものなのかな?(・_・?)ハテ? 分からんでいる。

私は、どーしても、そのテープを売っていたら買いたいと思っていた。

でも、「すみません。お売り出来ないものです」と言われてしまった。

私は、この「太陽~」でも十分な内容だなと思いました。

:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+

さてと、今日は、熱い!!!クーラーでしのいでます。

ちょっと過去の絵も見てみるか・・・・・・。

Daresuka2

誰っスカの絵ですね~~~。懐かしい。

では、(^-^)ノ~~マタネー☆’.・.・:★’.・.・:☆’.・.・:★

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また描いてました

暇にまかせて、今回は、「常盤貴子」さんを描きました。

私の個人的に好きな女優さんです。(^・^)

父には似てると言われたけれどね。

Img_0001

まあ、私の力量ではさらさら~~~と描けるぐらいの程度です。

イラストレーター使おうとか、あんま正直考えてないな。(^^;;;

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後、物凄く描きたい人は、ZARDのボーカル故坂井さん。

あの、清楚な感じで、すっぴんでも絵になる羨ましい人です。

今度は、男性ミュージシャンでも描こうかな。

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ああ、待てねぇ。10月千綿さんのLIVE。

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すっきり!

今日は、どーしても、カラオケに行きたかったので、隣町まで自転車で行ってきました。

予約しておいたのは、比較的、広い部屋じゃないと「酸欠状態」になるから。(^^;;;

フリータイムで、900円ぐらいで、ドリンクもフリーで5時間歌える。

今日は、広い部屋だったけれど、ちょいまた、「酸欠状態」になりかけ、4時間30分で身体が危険サインを出してきたので止めて帰った。

私は、決して、歌は上手くない。何で、父の方に似なかったのかと思う。

父も歌上手いけれど、お姉さんは更に、カラオケの指導もするほど。

体質も病弱に生まれついたのも、父に似てる。

しかし、何で、内臓や心臓が似てるのに、「いくら食べても太らない」と言う体質には似なかったのか・・・・・・。

まあ、いっか。

帰ってきて、あんなに歌ってきて気持ちがとても良い。「スカッ!」とする。

いつか、収入があったら、ボイストレーニングに行こうかな。

良いストレス解消。(^・^)

。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚

今日は、図書館へ行って、故手塚治虫大先生の「ブッダ」5巻~8巻まで借りてきた。

それと、山本おさむ氏の「どんぐりの家」7巻を「お!7巻まで出とる!」と感激。(^・^)

○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*

何か、もう、TVはつけると、のりピーの話題ばかり。

まあ、のりピーは、逆から考えると、このまま、麻薬を続けていたら、身体が廃人になっていたでしょう。

良いタイミングで、反省も出来るような精神状態である時に捕まって良かったんじゃない?

まだ、更正出来る余地が十分にあるんだから。

それは、感謝だよね。

だからと言って、麻薬などを肯定はしませんが。

私は、怖くてよう手出せませんわ~。(^^;;;

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昨日に引き続き

朝から、こんな事やってます。わたくし。(^^;;;

Haruka 綾瀬はるかちゃん、第二弾。

Seiko

松田聖子さん、実は好きです。

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綾瀬はるか

綾瀬はるかちゃんは、私一押し「ぽや~ん超天然記念物系美女」です。

しかし、巨乳のため、まあ、検索するとビキニ姿ばっかり!

私は、女性ですが、何故か、美女が美男と同じぐらい大好きと言う変わった人で、HPを持っていた時にも、「美人画」と言うコーナーも設けてました。

今日は、久しぶりに誰を描こうかと思ったらピン!と来たのが「綾瀬はるか」ちゃんでした。

Ayase

うーん。似てる?

以上。

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キリスト教的「楽になり方」

タイトルのように、今日は、自分なりにクリスチャンになって、楽になったと言うお話です。

・まず「良い子」を止める。私は、神さまに対して遠慮なく祈ります。

神さまに対して、「こんな事言っちゃ・・・・・」と思う必要は全く無くていいと思います。

人間に喜怒哀楽を与えた神さま。

私を造ってくださった方なので、私の心の中の全てを知り尽くされているので、自分が壊れてしまったら、自分の創造主に持っていく。

時計が壊れたら、時計屋さんに行くでしょう?それと同じです。

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・御言葉に従う。聖書って書物は不思議な書物であります。

何回読んでも、飽きたりしません。世界のベストセラーと言うのも、うなずけます。

神さまは、御言葉によって「自分の罪」を指摘されたり、

「自分への恵み」も与えてくださるのです。

信仰もこの本がイエス様を証ししてくださいます。

。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚

・祈る。これは、結構難しいんですよ。

でも、イエス様が「こう祈りなさい」と言った「主の祈り」は、毎朝、毎夕に祈ってます。

もちろん教会でも、信徒皆さん「主の祈り」をします。

私たち信徒が、大切にする信仰告白は「使徒信条」ですので、これも大切です。

私は、毎日「主の祈り」「使徒信条」はとなえて、朝のデボーションの心の備えをして始めます。

そうすると、自然に心が上を向いてきます。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

・教会へ行く。キリスト教に少しでも興味がおありでしたら、教会へ行く事をお薦めします。

教会はキリストのお体です。イエス様は教会を愛して、また、教会を通して、ご自分を知って欲しいと願っていると思います。

私は、教会探しで、かなり苦労しましたが、今は、とても自分に合っている教会なので、本当に感謝です。

○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*

昨日は、男友達と千綿さんの原宿フリーライブに行きました。

ちょっと、さださんの「道化師のソネット」が始まったら、うつむいてしまいました。

もう、歌詞がいいんだよねぇ~。唄メロもそうだけれど。

千綿さんのモロ近くにいたので、涙をこらえるので精一杯でした。

千綿さんは、確実にステージ上で、笑顔が以前よりずっと増えました。

「音楽って楽しいね!」とか言ってましたね。

でも、1番目のバンドで右耳をちょっとおかしくしました。

もう、ジャパニーズR&Rだったので、いきなり(モニターが近かった)大音響なので、

右耳は今でもちょっとおかしいです。

まあ、あれぐらい気合が入ったバンドも珍しいなと言うか。

思わず、帰ろうとしたら、そのバンドの皆さんが居たので、話かけました。

私は、そういう所は、すんなり話しかけちゃうんですよね・・・・・・。

変な性格やねぇ~。

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ステップ

信仰にも、神さまにも何か成す時には、順序を踏ませると思う。

だって、地に足がついていなきゃ、それは、ビジョンだとは言えないと思うから。

それに、神さまにすりゃ私の経験だけれど、「手のやく子ほど、可愛い」とか「良い人は早く死んでしまう」とか「可愛い子には、旅をさせろ」なんて言葉もあるよね。

本当に、神さまは未知数のお方なので、とても、とても、神さまのご計画がクリスチャンだからと分かるわけじゃない。

でも、その人にとっての最高の善は知っておられると思う。

それは、その人が自分の信仰で御言葉や聖霊の働きによって、成長していくようにするために、神さまは備えをされている。

その人に合った歩幅で、そのステップの踏み方も、リードしてくださるのもイエス様。

というか、もう、先に私の道には、イエス様が通っていた道なんですよね。

だから、心配はあるけれど、心強いですよね。

しょって歩くには、そんなに沢山の荷物はいらない方が、身軽なわけで、荷物はイエス様の元へ降ろして安息する幸い。

私は、何度も家に居る時より、教会に居るほうが、落ち着くし、心が整えられていくような感じを受けている。

やはり、聖日礼拝は、大事ですね。

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私は、実はむかーしから、『黙想』に憧れていました。

今の教会は、礼拝の中で3度ほど、『黙想』の時間がもたれます。

思いっきり祈ったり、イエス様に感謝したりです。

○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*

地に足のついたビジョンで、ステップを踏んで歩んでいくこと。

大切ですね。

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身をもって

私は、クリスチャンでもあり、統合失調症の2級の病気持ちでもある。

その両方と20年近く、共に生きてきて、最近思うのは、やはり、自分が身をもって知らない事は、知ったことにならないと思うと言う事です。

病気一つとってもそうですよね。

今、父が苦しんでますが、父の苦しみは私にはとても「分かる」とか言えないんですよ。

父と同じ病気になって初めて父の苦しみが分かるのでしょう。

痛みもそうですね。

これは、何事にも適応出来ると思います。

よく「親の心子知らず」と言われますが。

これも、私が親になってみないと分からない心ですよね。

夫婦の愛もそうです。

私が、結婚していないと分からないものです。

たとえ、それを私が語ったとしても、やはり、空しい言葉になるでしょうね。

福音もそうなんですよね。

よく知識では、「良き訪れ」=「福音」とは言われますが、その「福音」に「生きる」と言う事の「内実」(昨日も書きましたが)が無いと恵みにならないような気がします。

どのように日常生活の中で、または、礼拝にて「イエス様」が「自分の思い」に対してどう、働かれるか。

どのように砕かれるか。

ご聖霊の働きは、昨日は、本当に大切だと思いました。

ご聖霊の働きは、真実であり、私は身をもって知りましたね・・・・・・。

ほっんとに、霊的な「リアルさ」なんですよ。

きっと、これから、私も社会に出て行く身ですから、そういう体験は今よりもっと沢山出てくると思います。

イエス様のあの十字架のお声は・・・・・・忘れません。

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砕かれた

今日は、教会へ行く前に、母に思いっきり腹が立ったので、怒りを感情のままにぶち当てた。

そうしたらですね・・・・・・本当に悔い改める結果になりました。(^・^)

教会という所は、不思議な所で、本当にここの教会には、ご聖霊が働いていると感じています。

今日は、喧嘩してこんな心境だから教会行かないんじゃなくて、こんな心境だからこそ行くのですが。

今日の説教の題は何だろう?と、行ってみると「家族が仲よくなる秘訣」と言う題でした。(^^;;;

まさに、ドンピシャ!(古い(^^;;;

私は、小学校六年生から約20年は親の離婚の危機に合っていたのですが。

その事は、もう、タブーなんです。家ではね。生産性ゼロですし。

それを、自分がカッ!と来た時に、「あたしなんか、慰謝料欲しいぐらいだ!」って言っちゃう自分がいて。

それは、両親にとっては、言い返せないし、私の卑怯な怒りの用い方なんですよね。

それをですねぇ・・・・・・私に対してイエス様が説教の中で示されたんですよね。

もう、しっかりとありありと。

確かに「福音」って大切だし、基本中の基本なんですが、十字架と復活を説いていれば良いかというと、少なくとも私はそれでは満足しないというか・・・・・・。

難しいかなとも思います。それぞれの「福音」の「内実」がハッキリしていないと・・・・・・と思います。

もう、今日はその「内実」がご聖霊の働きで知らされたことでした。

特に、牧師が強調したことでもなかったのですが。

ハッキリとありありとした働きは私に迫りました。

『今の母の苦しみは、イエス様の苦しみであって、私はそのイエス様を自分の怒りに任せてイエス様を十字架に釘付けている。

イエス様のその苦しみの声をありありと聴いたようでした。

母の心の悲鳴は、イエス様の十字架での御苦しみの声だった』のです。

帰りに、母に率直に告白しました。

母は「何となく、今日は、何か気が着いて帰って来るだろうと思っていたよ」と言ってました。

もう、礼拝中で説教では泣きましたね。

「イエス様、ごめんなさい!!!もう、あなたを痛めつけません」と思いました。

タブーは、タブーで両親の領域なので、私が介入することではないのです。

しかも私は、矛盾がなかなか受け入れられません。

主に、自分の事ですが、この矛盾が生じていると白か黒かまで追求してしまいます。

でも、それでは、人間社会ではやっていけないわけです。

自分の事でなら、スッキリする方法があるので散々やったら、神さまにお任せなのですが。

隣人では、難しい。・・・・・・そうして、自分の「愛」のなさを痛感させられるんですよ。

「愛のない人は『神』は分からない。『神』は愛であるから」とも聖書にありますしね。

とりあえず、母とは(母がそういう性格で良かったです(^^;;; 和解出来ましたね。

今回は、本当、久しぶりに参りました。イエス様。m(_ _)mゴメン。

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祈っています

父の身体の具合の悪さが、ここ毎日のようにあって、最近心臓にも疾患が見つかって、昔に、肺がんの手術もしている。

それで、どのデカイ病院では、そんな父の病気は、どこを調べても悪い所は見つからないと追い返されるか精神疾患だと決め付けられたり、他の医者に変わっていたりと信頼出来ない対応が多かった。

私は、医者って言うものは「分からない」ものを「追求して原因探しをして患者を診る」わけで、「分からない」からという医者の言い訳は、本当に言い訳だと思う。

やはり、医者って人格者を求められます。

少なくとも、盥回しする医者は信用出来ません。

父が、あんなに毎日苦しんでいるのに、悪い所が無いはずがない。

肺か、循環器は確かです。今日父と母が行っている所は、私がよく以前に通っていたおへそから上の専門の医者です。

私は、この医者で気管支炎が見つかりました。左の気管支だけだったな。それで、お薬処方してもらって、治りました。

ファイバースコープをやりましたね。賛美してても、高いCが出なかった。

すごーく、感じの良いユニークな医者だといつも思います。人の苦しみも「理解出来ないから」とほっておくのではなく、追求して下さっていたのを思い出します。

この医者から「君は、本当に変わった。前は、薬のせいかボーッφ(‘‘)_ としてたけれど、動作もテキパキしているし。別人だよ」と言われました。

今日は、この医者のためにも祈り、父はam7:30頃に予約で母と一緒にそこのクリニックへ行っています。

もう、約3時間は経っているので、クリニックへ電話したら、まだ、診察が終わっていないとの事。

「あーーー!やっと、診てもらってる!」と後は、医者の度量にまかせて、父に勧めて良かったとつくづく思いました。

まー、あんなに苦しそうなのに、人に当たったり、愚痴一つこぼさないのは父は凄い精神力だと思います。

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私って不思議に思っていたのですが、「夜回り先生」とかの「水谷修先生」や、千綿さんの歌詞に出てくる「・・・君が悲しみに暮れる時は、どんなものでさえ敵にまわすよ」と言うフレーズに非常に惹かれる。

うちの父は、どちらかと言うと存在自体が影が薄かった。

父に、大きな物事を頼むと必ず、相手に言いくるめられて帰ってきて、母が父の尻拭いをするということで成り立っていた家族だった。

母が要するに、父親役もしなくてはいけなかった。

結構、大変だったと思うが。父は何度も大きな手術しているし。

やはり、そういう母に千綿さんの歌詞を教えたら「私も言われてみたい!」と言っていた。

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女性が生まれつき持っている欲求は「セキュリティー」だと言う。

普通の女性は「自分を本当に愛してくれるか」の確認だったりするけれど、(それも、後、金銭の問題もセキュリティーですね)私は、普通の女性とかなり違う道を歩んできたもので、本当に自分の「セキュリティー」をこれ以上は下げることは出来ない。

そもそも、女性は皆さんそうでしょうけれど、もう、出来ている「セキュリティー」は満たされるのは難しい。

でも、「あなたが、愛する女性の『セキュリティー』を満たしていてあげていれば、彼女は地球のどこまでもあなたに従ってくるよ」とのアドバイスも。

私の、「セキュリティー」は、本当に「夜回り先生:水谷修先生」ぐらいを求める。

と言うか、求めてしまうんだな。そんな人、居るんかいな・・・・・・。(T^T)

○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*

しかし・・・・・・「婚カツ」って言うの流行ってますね。

本当に、受容があるからだとは思いますが。

どうゆう動機なのかは、分かりかねますね。個人的に。

(~ヘ~;)ウーン。後で、山のように後悔し、涙流す女性が多く見ている私は、どうしようも出来ないですが、結婚は人生における一大事なので、それで苦しむ女性たち、男性も、安易な道を選ぶのは望んでいることとしては、予想以上に難しいと私は思うのですが。

幸せは、それぞれ違うので、何とも言いがたいですね。

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かなりヤバイ

ま・・・ま・・・まずい、これは起立制低血圧だ。

完璧、運動不足である。(^^;;;

起きると凄い、めまい。ぐら~んと来るめまい。

早速、今日から、ウオーキングを1日1回はするようにしようと。

でも、歩いてくると、その後、家に帰って、じっとしていると本当に有酸素運動で、身体の代謝が良くなっているとは、思ってじんわりとするのはとてもDr.も良いことと仰っていた。

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昨日は、また、自分を撮ったものをフォトショップで加工していた。

昨日のテーマは、「自分」だった。

一応、化粧を教えてくれたようにしてみた。

まあ、元々がソコソコなので、そんなに化粧を頑張ったって限界はある。

しかし、加工していって「おお!」と言う感じのが出来た。

ここには、貼れませんが。

こんなに、別人になるの!?って感じ。(綺麗に見えてしまう)

友人たちには、送ってみましたが。

もちろん、反応なし。(T^T)

でも、コスメみたいなものにも、興味を抱くのはDr.も嬉しいそうです。

それだけ、心に余裕があるからって事で。(^・^)

○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*

千綿さんのファンクラブの「ゆりかご」にまた継続で入った。

男友達とも言っているけれど、「何であんなに千綿さんは変わったんだろうね?」と聞くと、「結婚したからじゃない?」と。

「ああ、あるかなあ~それは」私もそう思う。

しかし、千綿さんLIVEの時に「愛のカケラ」で、一人の女性をじーっと見て歌っちゃダメっすよ!

あなた、妻帯者なんだから!(笑)

それだけは、肝に銘じて、そして、いつか良きパパになることを心から願うぞ。

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お父さんへ (2)

イエス様について、ちょっとしばらく考えながら書こうと思います。

世間に言うクリスマスは、クリスチャンもノンクリスチャン(イエス様を受け入れていない人たち)もイエス様がお生まれになった誕生日と思っているが、日本人は基本的には、キリスト教を全く知らない人でも、何故か、お祭り騒ぎ気分になっているようである。

さて、ほとんどの家庭では、赤ちゃんが授かるということは、多いに祝福されることだろう。

聖書によると、イエス様を身ごもったマリアは処女であり、まだ、婚約の身であり、多いに不安で心がいっぱいだっただろう。

そんな、マリアに、神さまのみ使いから(イザヤ書714節)「それゆえ、主みずから、あなたがたに一つのしるしを与えられる。

見よ。処女が身ごもっている。そして男の子を産み、その名を『インマヌエル』と名づける。」と祝福を受けている。

(『インマヌエル』とは、『神さまは私と共にあるという意味』)母、マリアは、そのみ使いの言葉を、真摯に受け止め、こう告白している。

「ほんとうに、私は主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおりこの身になりますように。」マリアは偉い!とそのへりくだった信仰には感心する。

ルカ福音書では、また、母マリアはこの喜びの訪れをこのように表現している。「わがたましいは主をあがめ、わが霊は、わが救い主なる神を喜びたたえます。主はこの卑しいはしために目を留めてくださったからです。ほんとうに、これから後、どの時代の人々も、私をしあわせ者と思うでしょう。力ある方が、私に大きなことをしてくださいました。その御名は聖く、そのあわれみは、主を恐れかしこむ者に代々にわたって及びます。主は、御腕をもって力強いわざをなし、心の思いの高ぶっている者を追い散らし、権力ある者を王位から引き降ろされます。低い者を高く引き上げ、飢えた者を良いもので満ち足らせ、富む者を何も持たせないで追い返されました。主はそのあわれみをいつまでも忘れないで、そのしもべイスラエルをお助けになりました。私たちの祖父たち、アブラハムとその子孫に語られたとおりです。」

決して、イエス様はでたらめにお生まれになったのではなかった。

しかし、イエス様は、何故、赤ちゃん(人間)として、この世にお生まれになったのだろう。赤ちゃんは無防備で弱い弱い、無力な存在である。とても、日本人がイメージする神さまの姿とは、かけ離れていると思われる。権力、力等とは正反対である。

しかも、イエス様がお生まれになった場所は聖書にもあるように、どこの宿屋も「彼らのいる余地がなかった」からと、世から閉め出されたような、かろうじて馬小屋でようならと馬小屋でお生まれになった。

もし、イエス様が世の王の子供としてお生まれになっていたらどうなっていたかと考えたりもするが、これが、神さまのへりくだりのお姿だったのであると思う。

神さまがいつまでも、天で神さまでいることに固執しないで、人間という姿をとってお生まれになってくださった。

そして、普通の大工の息子として30年。

福音を述べ伝える3年間の公生涯まで、父、母、兄妹たちと神さまと人々に愛されて育ったのである。

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父への手紙

面と向かっては、難しいので、お手紙を毎日書くことにしました。

お母さんは、宗教の話しは止めろと言うけれど、私をここまで元気にさせてくれたのは、イエス様によってとしか言えないし、確かに神さまは居ますよ。

例えば、具合が悪い時でも、「神さま、苦しいです。助けてください」とお祈りして、「あら?」と言うぐらい楽になる経験は少なくないです。

そういう恵みとか、神さまは愛のお方だと少しずつだけれど、お父さんの心に伝わるように祈りながら書いてみます。

何故、今、お父さんがこのような辛い時に、私がこのような事を書くのは、娘にとって神さまは、どのぐらい重要なものかを知って欲しいからです。

お父さんも、お母さんも神さまが愛している存在だと思うからです。

それを、無言の証しとしてなかなか表すのは難しいし、娘としての立場から言うのも難しいですが。(欠点は知られてるし)

私の自律神経失調症の時は、死ぬかと思いましたが(知っている皆さんからは「よく、ここまで来れたね~」と言います)決して、そのまま、その苦しい症状は永遠に続くものではないということをジャーナリストのフィリップ・ヤンシーが言っています。

私もそう思います。でも、長く続いても、それも何が悪いとかじゃなくて、神さまから見たらきっと何かの意図、ご計画の中に居ると言うことは言えます。

神さまのなさることで、無駄な事、悪い事は一つもなく、いつも最善の導き方をそれぞれになされていると思っています。

そのプロセスの中で、例え病気の真ん中に居ても心が平安だと言うような神さまをお父さんが信じられるようになって欲しいのが、私がこうしている動機です。

まあ、でも、シンプルに私は考えていて、どんな問題でも自分が諦めなければ大丈夫だと言えます。

私は、今、この事を伝えなくては、将来とても後悔すると思っています。

聖書とは、特別な本です。ただの本じゃないです。神さまを正しく証しする本です。

沢山の宝のような、言葉が沢山あります。初めは分からなくてもいいのです。そのぐらいの、スタンスで。でも、言い換えれば、この聖書は神さまからのラブレターです。

「あなたは、私(神さま)の眼には高価で尊い。」と、言う神さまです。

私は夢を見ています。いつか、お母さんとお父さんと3人で教会へ通う日を。

私では、なかなか、分からない部分も多くあるので。

でも、人数も少ないし、前の教会とでは、雰囲気が全く違います。安心して良いです。

詩篇46編 1節~2

「神はわれらの避け所、また力。苦しむとき、そこにある助け。」

「神さまが苦しまなかったら、私達は神さまの愛を知らなかった。

 私達が苦しまなかったら、神さまの愛は分からなかった」   

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この2日間

更新、遅れてすまぬ。

また、小説をガッツリ書いておりました。

全て書くのに、2日間かかりました。

カウンセラーの方に、「是非、お心の整理のためにも、小説を書けるのなら書いてください」との温かい言葉で、書きました。

自然に流れが出来て、(まあ、事実あったことだったし)最後に「あなたにも新しいパートナーが居るし、私にもパートナーが居る」と言う感じで終わりで。

最後に聖書の御言葉で、伝道の書3章11節「神のなさることは、すべて時にかなって美しい。

神はまた、人の心に永遠を与えられた。

しかし、人は、神が行なわれるみわざを、初めから終わりまで見きわめることができない」で完結。

でも、何か胸がもやもや~~~としていた。正直ね。

書けば楽になると思っていたのに!と思っていたから。

でも、昨日で、そのもやもやが終わるわけないと思っていたら、今朝は、ビックリした。

もやもやが全くない、天気に例えれば雲ひとつない「青空」だ。

何故だか分からないけれど、スカッとしている。

私の望んだ心の状態であった。

(~ヘ~;)ウーン。神さまは、凄いねぇ。私が寝てる時、何か、脳の記憶を整理しちゃったの?(・_・?)ワカンナイ

:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+

私の今一番大好きな賛美を。(ロンさん、有り難うです!)

              「Who am I」   Casting Crowns

私は何者なのか 全地を治める主が 私の名前を気にとめてくださるとは

まして 心の痛みなど

私は何者なのか 明けの明星 イエスの光が 私の道にを照らしてくださるとは

さまよい続けた心のしるべとなって 何者でもない私に

主がしてくださったことは 私が何かをしたからではなく 主が偉大だから

私は一輪のはかない花 今日は咲き 明日は散ってゆく 大海にはじける波

風に消える霧のように それでも主は私の声に耳を傾け くじけそうな時はかかえてくださる

私は主のものと・・・・・・

私は何者なのか 主は私の罪さえご存知なのに 愛に満ちたまなざしで

私を見つめ よみがえらせてくださるとは

私は何者なのか 荒れた海をも治める主の声が 大雨の向こうから私を呼ばわり

心の嵐さえ静めてくださるとは 何者でもない私に

主がしてくださったことは 私が何かをしたからではなく 主が偉大だから

私は一輪のはかない花 今日は咲き 明日は散ってゆく 大海にはじける波

風に消える霧のように それでも主は私の声に耳を傾け くじけそうな時はかかえてくださる

私は主のものと・・・・・・

YouTubeにありました。↓

http://www.youtube.com/watch?v=othmFqaw0Yk

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短歌(三浦綾子さん)

今日は、図書館にて、見たことのない故三浦綾子さんの本を見つけた。

題名は「三浦綾子 愛の歌集 いとしい時間」と言うカヴァーは綾子さんが結婚式でのウェディングドレス姿の写真。

以前から、私は60冊以上、三浦綾子さんの本を読んでいると言ったが、どうしても、勉強したいと思わせられるものがあった。

そう「短歌」である。

むかーしから、「短歌」は作りたかった。

図書館で、初めて見る短歌集で、三浦綾子さんの一つの作品にちょっと人はばからず泣くことが出来ない場所だったので、早速、借りて読んでいる。

:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+

特に、涙が腸の奥底からぐぅ~っとこみ上げてきてしまった歌がある。

「『信仰で頑張れ』と遺言し給ひし君よ  わたしは人を愛しました」

この故三浦綾子さんの歌ですが、「・・・わたしは人を愛しました」と言う言葉には、人を愛する愛はもちろん、失われた人を信じる心や希望を奪われた綾子さんの導き手となった、恋人『前川正さん』に(もう、すでにお亡くなりになっていました)向けた素晴らしい歌だと思う。(深すぎて読めーーーん!。・゚゚・(>_<)・゚゚・。)

前川正さんは、自分でも感じていた長くない命を全て綾子さんに注ぎ込んだ。綾子さんに、一生懸命勉強も指導したりしていて、本当に虚無的だった綾子さんに神さまの光や、温かさ、愛で立ち直らせていたのだ。

○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*

話しが脱線してしまいましたが、いつか短歌が書ければいいなあ~と思っている。

この本「三浦綾子 愛の歌集 いとしい時間」からいくつか短歌を紹介したい。

「或時は ひたに生きたしと 思ひゐてむさぼる如く 聖書読みゆく」

「導かれつつ 叱られつつ来し二年 何時しか 深く愛して居りぬ」

「妻の如く想ふと 吾を抱きくれし君よ 君よ還り来よ 天の国より」

「君が逝きし午前一時を 廻らねば眠られぬ 慣ひに一年過ぎつ」

...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。

今、すぐに出来るものでもないし、幸い易しく丁寧な短歌の作り方の本もあったので、借りてきた。

一つの趣味にしたいな。

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恐ろしい・・・・・・。

この「本当は恐ろしいグリム童話」(桐生操:著)が流行ったのは、何年前だったか・・・・・・。

私は最近になって、図書館でこの本を2冊借りて、ハマっている。

こんなに人間は、残酷になれるものなのか?

欲望のままに従えるのか?

良心、理性の役割とは?

人の「生と死」を考えると、やはり「性」とは切り離す事は出来ず、その「性」のあり方が問われると。

「白雪姫」もかなりショッキングだった。

女性の「美」への憧れも果てしないのか。

しかし、出てくる出てくる実は「近親相姦」実は「死体溺愛者」と諸々。

何か文章の中で、生々しい人間の病的なものや醜さが見事に抉り出されている。

この本は、人間のコンプレックスや憎しみ、復讐などの感情の渦にのめり込まれていく人間の姿が描いてある。

その人間の歪んで生まれ出てしまった復讐のために、女性が性の玩具にされてしまったり、人を利用するだけ利用した挙句、殺してしまったり。

この人間の愛憎劇場みたいな事が文章の中で、ありありとくり広げられて見事に描かれているから、凄く、インパクトのある話しばかり。

でも、「シンデレラ」は、この原作の方が面白いな。

「うわ!ちょっと待ち・・・!!!」( ̄□ ̄;)!!と思ってしまう場面もありましたが。

いや~この恐ろしさ。(@Д@;

この時期的にもいいかもしれませんね。

私は、聖書の創世記から人間の本質は今も変わっていないと思っている人なので、この本もそれと似た感じも受けました。

でもねぇ。やはり、人間悪いことは出来ないとは、さりげなく教えられますね。

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どうしたらいいか・・・・・・(・_・?)ハテ?

もう、とっくに現役引退をしているけれど、私は趣味でまだ、HM/HRは聴いてます。

でもねぇ。どうしたら、こっちがバンドを選ばなきゃ!ぐらいの良質なHM/HRが沢山出てきてくれるか・・・・・・。

正直、分からない。

あんなにわんさか居たLAメタル(NWOBHMからの米国への流れでのムーブメント?私には評論は出来ん)からの盛り上がった80年代のHM/HR時代。

それでも、音楽的なものやスタイル総合して、良いバンドは日本人のバンドでは少なかった。

数はかなり居たけれど、まだ、選べるぐらい居た。

そして、実際、エレキギターを始めたんだけれど。私の当時の発想は「HM/HR界を盛り上げること=良質なHM/HRという音楽を極めるバンドを自分で作ればいい」だった。

しかし、シンプル・イズ・ザ・ベストで、直球しか投げられない人が作れる曲なんてたかが知れてる。

まあ、良い曲も作れたとは思いますが・・・・・・男性ミュージシャンより男臭いと言われていたしね。(^^;;;

今は、どうなんでしょうねぇ。HM/HRは、分からん。評論家が頑張ったって、ダメだろうなあ・・・・・・。

こればっかりは。やっぱり、元気にしてくれる良質なHMが頑張らないとね。また、沢山出てこないと。面白くない。

アーティストさん達、主役はあくまで、あなたたちなのだ!頑張れ!(としか言えねぇ・・・)

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ジャンルは違えど、楽しかったなあ~千綿さんのLIVE。

髪の毛がボサボサになるぐらい、気合が入っていて、嬉しそうで、「もう、皆さんとお別れしたくない!」とまで言っていたな。

でも、あんまり、私を見ないでね。隣のカップルのお姉さんがやたら彼氏にコソコソ言っていて私を見るから。恥ずかしいっす。(笑)

あのー、ミュージシャンの視線の行き先を妙に気にするお客さんも居ますから。(^^;;;

まあ、きっと私の出したお手紙がそのまんまの歌詞になったような新曲(次のアルバムには絶対入れると言ってましたが)に、次が知覧だったから余計泣いたよ私は。。・゚゚・(>_<)・゚゚・。

また、観に行くからね~!結局、HM/HRは分からん!

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どうしているかな

毎日のように、電話して話しをしていたH姉妹は、今、どうしているのだろう?

彼女は、私より10歳ぐらい年上で、太ってしまい、糖尿病持ちで、しかも、2級の精神疾患の持ち主で、障害者年金で暮らしていた。

でもよく、彼女とは馬鹿笑いをしていました。

そして彼女は「私はあなたの味方だからね!」と言ってくれてました。

彼女はクリスチャンでしたが、近くの教会へは行ってませんでした。

まあ、そこら辺の事情は、色々あったので言いませんが。

しかし、彼女は若い頃、物凄い美人でした。

もう、結婚してくれと十人以上の男性クリスチャンから言われたそうです。

彼女曰く「私、すぐ見初められちゃうの。困ってねぇ~。全部、断わったのね。それで、皆、私の事を優しくないのに、優しいと思うらしいの」とも言っていた。

それは、後に、送られてきた彼女が若い頃の写真でビックリ!!!

どえりゃ~ビックリ!!!しましたよ。まさに、男が求める癒し系のモロ美人。

これは、男性はほっとかないだろう・・・・・・と。

そして、私がこうゆう男性が私には心の中に居ると言って、ラブレターを読んでもらったら、彼女は「あの手紙読んだらドキドキしちゃったわよ」と言っていて、私は「それが、恋愛って言うものよ」と。

そして「相手の胸に抱かれるのを夢見なければ逆にそれは恋愛ではないのよ」と言うと彼女は「えーーー!」とビックリし、「じゃあ、私は恋愛は一回もしたことないわ!」と言っていた。

まあ、それは、それで良いと思います。

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彼女は、強迫神経症と鬱の持ち主で、ある日、「すごーく、今、Hは落ち込んでしまって、連絡は控えて欲しい」とお姉さんから。

彼女を支えていた地方の牧師達にも全て着信拒否をするらしい。

入院かな・・・・・・とも思った。

彼女は、落ち込むとやはり鬱が強くなるので、通常の状態ではなくなる。

もう、彼女とは、連絡は取り合えないと思うが、糖尿病も持ち合わせているので、合併症が気になる。

身体と心の病気。落ち込み・・・・・・。どうしているかな。

もう、一ヶ月以上は、連絡してなかった。

もしかしたら、御国で逢うことを願うしかないかな・・・・・・。

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キリスト者の苦しみ

クリスチャンの皆さん。「聖書の言葉って強い」と思ったことはありませんか?

私は、今、通読は旧約はレビ記で、読んだだけと言う感じですが。(^^;;;

新約は、朝の健康状態によって、「うわっ。福音書だ!」(読めない・・・・・・)って言う時がよくあります。

いや~「聖書の言葉って強い」ですよ。

今は、ちょうど、忍耐の時ですかね。

まあ、相手に何が今日あったのかは知りませんし、「人格者」を1つ上のクリスチャンに求めるのも酷なので、片目をつむる事ですね。

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でもね。そのクリスチャンもそうだけれど、家庭がクリスチャンホームだった人って、普通の人よりもっと苦しんで育っていると思う。

だって、生まれた時から、賛美歌(元々、好きか嫌いかも分からず)や、神さまの事を叩き込まれて育つわけでしょう。

私なんて、一人遊びはもう、得意だったので、まさに発病するまでは散々「放蕩娘」でしたね。

皆に言うとビックリされることが多かった青春時代でした。

。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚

まあ、まだまだ若いって事かなあ~。

少なくとも、うちのDr.ぐらいの資質は求めては可哀想すぎますね。

人間ですから、欠点はあります。

弱さもあります。

でも、やはり、初めから嫌がられてる感はあったしなあ。

それで、「敵を愛しなさい」と説くのも、なーんか矛盾を感じるね。

うざいんでしょう。(笑)

いいんですよ。それで。育ちは否定できません。

まあ、追い出されるまでは居ますが、本当にうちの市は教会がないので、ここで、追い出されたら、もう、教会へは行かないつもりです。

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よろしくない

今、自分でこれはよろしくないなあ~という、心の信仰の傾向があります。

それは、実際に自分が目にしない、または、経験しなくては聖書が信じがたいという、(私にとっては)悪い傾向が出ていますね。/(-_-)\ こまった~

聖書は言います。というか、イエス様が仰ってますが「見ずに信じる者は幸いです」とね。

でも、一歩、間違えると、盲信・マインドコントロール問題にならないかな?と思ったりもしてます。

そこら辺は、自分の中でも微妙な問題だと思います。

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「見ずに信じる」を疑うというか、信じるのが難しいのは、自分で「しるし」を求めちゃっているなあ~ってね。

トマスは、自分の脇にイエス様の傷のあるお身体の腕を差し入れないと復活を信じないと言ってます。

米国では、ここまで疑った弟子のトマスをおちょくった(?)呼び方もあるそうです。

信仰が私はまだまだだなあ~と思っていますね。

○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*

牧師に信頼することと、牧師の言葉を鵜呑みにするのとは、意味が全く違うと母教会では教えてもらってました。

キリストの身体なる教会ですから、牧師は=「牧者」ですが、あくまでも、イエス様にお出会いさせるパイプ役なわけですから。

鵜呑みは良くないです。(その点、単立教会はちょっと曲者(?)的聖書の読み方をしたりしている所はよくあるようです)

キリストと一対一の関係がどんなに大事かが、最近、ようやく少しずつ分かってきましたね。

教派に拘ったり、教理ありきだったりすると疲れるよね。

教会選びは、慎重にしないと。牧師も変わっていくし、信徒も応答するようになるから。

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N兄。今、N兄は苦しいけれど、自分の信仰を問う絶好のチャンスだと私には見えます。

ヨブも、あんな苦しみの中、分けわかんなかったんだよね。

それで、神さまのご計画のプロセスの中に置かれているって思えれば楽になることを願います。

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神さまは、良い子を望んでおられるか?

今日は、昨日の夜から明日(今日)の礼拝を祈っておりました。

今回は、タイトルにあるように「神さまは、良い子を望んでおられるか?」です。

今日の、礼拝後に、気がついたら約20分は壮年のMさんに(この暑い中(^^;;; 篤く語ってしまった。

Mさんは、内臓の病気です。具合が悪くなると、すぐ、妻にあたってしまうと悩んでいるようでした。

自分の御病気をまだ、自分自身で受け入れられてないか、受け入れられないぐらい症状がお辛いのかな・・・・・・と今は、思いますが。

今日、Mさんに私が言ったのは、「ぶっちゃけ。神さまに向かって心の中の全てをぶつけちゃっていいんですよ。神さまは、『良い子』を求めてはいないと思います。」と。

例えば私だってありました。「神さま、何でこんなに辛いんですか?!何の意味があるんですか!?」とか、「ふざけるな!!!」と正直、神さまにぶつけたんですよ。

あんまりにも、理不尽だったり、「神さま御心を教えてください!?」も祈ったりしています。

Mさんに「『良い子』は疲れるし、神さまにバカ正直でいいんですよ」と言ったのですが。

Mさんは「あんまり、イエス様にそういうことは言っちゃいけないと思ってるんだけれどね」と遠慮して言っていたので、思わず今日は20分近く、篤く語ってしまいました。

牧師の言うとおり、まず「病気ありき」ではなく「信仰ありき」は、正しいと思います。

でも、それも、信じられないという身体の状態もあるわけですよ。

私も、Mさんの御病気の痛みや苦しみは分かりません。

でも、これだけは言えるということを、精一杯伝えました。

『良い子』を止めて、心の中の叫びを神さまに遠慮なく、言っちゃっていいと思いますと。

『良い子』を止めると、本当に楽になります。

まあ、久しぶりに篤くなりました。

そしたら、Mさんから「今日は、いい事を聞いた」と握手をしてお別れをしました。

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三浦綾子さんも、御病気の問屋のような人でした。

でも、NHKの番組でまだ生きていらっしゃった時に、語っておられました。

「私は、明日、命日かもしれない。病気もあるし。でも、神さまがすぐ側に居て『大丈夫だよ』と言ってくれていると思ってます」と仰っていて。

泣かずにいられなかったですね。。・゚゚・(>_<)・゚゚・。

神さま、M兄弟の苦しみを楽にしてあげてください。

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昨日のLIVE

昨日の千綿偉功ファンの皆さん、そして、千綿さん自身もお疲れ様でした。

私は、自分の知らない曲が、実はこの日は目当てでした。

LIVEで聴いていて、知らない曲たちだけれど、また、良い意味で千綿ワールド全開というか、新しいけれど、やはり千綿さんにしか作れない詩曲だなあ~と思いました。

サポートも良いミュージシャン達ですね。

特に、ギターの人は音がメチャクチャ綺麗でした。

私は、千綿さんのギターでは、あの色の音色が一番昔から好きでしたね。

ぬくもりが感じられる感じですね。

少しだけれど、表現者「パフォーマー千綿偉功」的なところも観られて確実に成長しているなあと思いました。

凄く、良いエネルギーを貰いました。

泣いたり笑ったり私も楽しかったです。o(*^▽^*)o

時間がもう、あっという間でした。

また千綿さんを聴きに行きます。

あんなに嬉しそうで、メチャメチャ楽しそうで、また、気合も入っている千綿さんをまた見たいです。

「ありがとう」~知覧の手紙より~は、戦争を「肯定」するのでもなく、「否定」するのでもなく、戦死した方の、そのままの心情を分かりやすい言葉で語っていて、それがまた良いんだろうなあと思わされました。

本当に名曲です。(^・^)

また聴きたいし時に若い人が語り続けないものだとも思っています。

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実は、千綿さんのLIVEの帰りに千綿さんには全く関係ないお話ですが。

私は、クリスチャンでマザーテレサが大好きです。

彼女みたいな、ことは一生かかっても出来ないのですが、過去のある日、新宿の駅の構内で倒れている男性が居て、もう、通る人たちは無視、無関心でその中に私も居ました。

そういう見て見ぬふりの人の中に私も居て後になって、「私って・・・・・・」と後で、誰か駅員を呼ぶとか出来たはずだと、とても、後悔しました。

そして、お祈りをしました。

「今度もし、そういう、日本で(インドのカルカッタではない)の中で、誰にも顧みられない人からも『無視』される、そして『無関心』になって苦しんで倒れている人が居たら私は行動を起こします」と。

そうしたら、忘れていた頃に昨日の千綿さんのLIVEの後にですよ。

60~70代のおじいさんが路上で倒れてました。正直、怖かったですが、110番に電話して、出来るだけ場所を教えて警察の方に、その方を頼みました。

そうしたら、今度は品川の駅構内ですよ。

うずくまっている若い男性がいました。

私は思わず心の中に「主よ、またですか!?」と思いましたが、思い切って本人に「大丈夫ですか?」と声をかけました。

でも、その男性は凄く驚いてしまって、急に起き上がろうとしたのですが、恐らく、もう、何時間もそううずくまっていたのでしょう。

身体が固まってしまったぐらいうずくなっていたのが明らかです。

歩けないし、私もこれ以上は、その男性には出来ないので、今日「ああ、駅員さんに頼めばよかった」と思いましたが。

しかし、昨日は沢山、感情を使いました。

帰ってきて、昨日、あった事を感謝と誰からも『無視』『無関心』とされた人を祈りました。

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読書感想(工藤信夫師)

「信仰による人間疎外」工藤信夫著

こんなエピソードから始められてこの本は書いてある。(うちのDr.からも言われた事でした)

「ある人が、診察の途中、教会生活のことに触れて次のような内容の話しをした。

『私は今、心の病気で先生のところに来ていますが、そのことを牧師に言うと、牧師は『信仰がすべてである。・・・・・・ここで信仰を持つしかない』と言うのです。

また、『教会の中の態度にも問題が多い。礼拝も休みがちだし、質問の内容も不従順な、ものが多い』とも言われてしまいました。

私がこれまで何度も行き詰った時にお世話になった先生で、特に私のために重荷を負ってくださったこの先生のことを悪く言う気持ちはありませんが、私はその時、やはり自分は教会でも受け入れられてはいないのだと思いました。

でも、今の私は私でしかないし、今は改善の余地がありません。

私は家にも学校にも居場所がなくて、やっと見つけたのが今の教会なのに、これでまた教会に行きにくくなりました。

最近は教会に行っても何か言われないかとビクビクしどうしです。

先生、これだったら教会は信仰の強い人しかおれなくなるのではないでしょうか」(以上抜粋)

私はこの本の箇所を読んで大変悲しくなりました。

少なくても(いや多いかもしれない)そういう教会(病気大嫌いな教会は確実にあります。癒されると凄く評価されるんですよね)があるとは聞いていましたが、牧師が心の病の方に「気の持ちよう」的発言や信仰で治るというような、安易で、言い過ぎかもしれませんが、盲目的な病気理解に腹が立ちましたね。

でも、そのような考え方をする牧師が思ったより多いのです。

病気を持っているクリスチャンに関わりを持ち、アドバイスするなら、もっと、勉強すべきと思います。

迷える子羊のクリスチャンの皆さん、(まあ、人の感性は違いますが)思い当たるふしがありましたら、この本を読んでみてください。

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病について

何らかの、精神疾患を持っている人にも「病気をオープンに話す人」と「病気を持っていることを秘密にしたい」と言う人がいると思います。

特に、どちらがどうと言うことではありません。

私の以前の友人では、比較的、私を含めてオープン型の人が多かったのですが。

オープンにするならするで、誤解されるのを承知で、自分を守る方法を自分なりに持つようにしている人が居ます。

例えば、女性の月のもののように、イライラする症状やヒステリーを持つ人は、「今日は病気で具合悪い」と分かると、奉仕で賛美リードする時、関わる全ての人に前もって「今日は病気でイライラしてるから」と前置きをしていたと言っていました。

前置きをして分かってもらってから賛美リードしておられるようです。

言い換えると後で謝りやすくなるというか・・・・・・。

:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+

まあ、これは、私としてはちょっと悲しい響きの言葉でしたが。

母教会で「僕は交わりで自分をオープンにしすぎて傷ついてしまったんだ。

信仰、教会はそれ以来、僕と神さまの1対1のものだと思っている」と言っておられました。

。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚

病気をオープンにするにも自分をオープンにするにも、ひと工夫がそれぞれの人に必要だと思えます。

この人はここまでは許せる話しが出来るけれど、これ以上は、理解しずらい・・・・・・とか、また、どーしても自分はそこではゆずれない一線があったりもします。

難しいですね。人間関係は。でも、今までの経験では、『自分を理解されたいのなら、相手をも理解しようとする努力』はかなり必要だと思います。

○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*

でも、社会=世では、私は病気の事は秘密にしています。

T兄が「まだ統合失調症=キチガイと思っている人が多いものですから・・・・・・」と仰っていたように、面接でもよほどの事がない限りは秘密にしてきました。

トイレで薬を飲みながら働いていました。

本当は出来るだけ薬も別に悪いことをやっているわけではないので、コソコソしないで飲みたいものですが。

鬱の人が多くなってきて、うちのクリニックにもサラリーマンの方を見かけるようになりました。

そんな世の中、弱肉強食している時代の中で「さてどちらが正常なのだろう?」と考えさせられる事が多いです。

私も早く完ぺき主義(出来なかったことをクヨクヨする)から、ソコソコの60%ぐらいの余裕のある生き方が出来たらなあとつくづく思わされます。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

でも、母教会での青年での礼拝前の学び会にて執事が仰っていたのが、「昔の、バブルの時は、自分の力が10もっていたら、7ぐらいでも許してくれていたよ。

でも、今では、そんな事をしていたら怒られます。

10もっているのなら、12ぐらい自分以上を求められる時代になっています」と仰っていたことを思い出しています。

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心の泉会より

2つアップします。

1つ目のお題は『微笑み』

今心に優しい本を結構読んでいます。

今読んでいるのは、主に渡辺和子さんというカトリックの修道女の方の著書です。

すごーく優しいです。(しかし、生徒を教える立場になると真反対ぐらい厳しく彼女は授業をします)

その著作の中で興味深かった内容をちょっと紹介します。

あるミッションスクールで最後の卒業式にひとりの目立たない生徒が先生に一言「先生だけは、私のことをずっと見ていてくれていた」と言って卒業していったそうです。

その先生は、特別にその生徒に何かしてあげていたわけではなく、目が合えば微笑んでいたというぐらいでした。

しかし、その微笑が実はその生徒のハートをとらえていました。

その先生は自分がミッションスクール時代にシスター達から「人には微笑みなさい」とうるさいほど言われいたそうです。

それで、やっとその微笑のすごさが分かったと言っています。

マックじゃないけれど、スマイル0円とあるように、微笑みはいいものです。

笑ったり、微笑んだり出来るのは神さまからのプレゼントかもしれません。(゚ー゚)

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2つ目をアップします。

お題は『何かをしようとする機動力』

人が夢であったり、それに代わるぐらいの何かであったり、愛であったりをもつと、その機動力ってすさまじいものになると思ってます。

格闘技を見ていても家族愛とタトゥーをしていた選手もすさまじいファイトをしていた。

そういえば、魔裟斗(まさと)も「俺も一人で闘っているんじゃなくて誰かのため。

心(奥さん)のためとかそういうもんだと思う」と語っていた通り、愛が起爆剤になっている選手も多い。

いつかクリスチャンの友人が「神さまをどれぐらい好きかで、行動が変わってくる。

人に例えると分かりやすいんだけれど、恋人が居たら恋人のために良いことをやってあげよう、やってあげようとするでしょ。

神さまも同じ。神さまを愛していたら神さまの喜ぶことをしよう、しようとするんじゃない?」と言っていた。

確かにそうだ。

でも、自分の愛ではダメ。これも、神さまが与えてくださるものであり、機動力だと思います。

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面白いよ~♪

これは、私が友人の子から教えてもらった曲です。彼女とさだまさしの話しをしていて、彼女が「私は『関白失脚』が大好きですね」と言っていたので、家で聴いてみた。

爆笑。(≧m≦)

ちなみに、『関白失脚』の詩を載せますと。(アレンジもわざと崩してある)

お前を嫁に  もらったけれど  言うに言えないことがある・・・・・・グフッ(お客さん(爆)

かなり  寂しい話しになるが  俺の本音も聞いーとーくーれー(笑)

俺より  先に寝てもいいけれどー  夕飯ぐらい残しておいてー

いつもポチと二人  それじゃあんまり  男としては切ないのよー

(さださん「(´ヘ`;)ハァ」ため息。)

:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+

この曲は、きっと、LIVEの中でも流れの中で、かなりおふざけで作ったのでしょう。

しかし、笑える。是非、音つきで図書館とかで興味がある方はCD借りてみてください。

うちの母は「これは、綾小路きみまろさんのパターンね」と。

本当に、あるから、体験してるから思いっきりおばちゃん、主婦の方が笑えると。

そんな、感じを思いっきり出してますね。

。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚

若い頃に、貰ったか買ったかの十字架ネックレスが壊れてしまった。(。>0<。)

それで、立川オアシスさんで、早速、1500円ぐらいの十字架ネックレスを購入。

大好きなブルーの石が入っていてデザインは良い。

恐らく、メール便なので、早く着くだろう。自分が持っている、透明プラスチックの魚のネックレスも、本来はキリストの祝福の御業を表しているようです。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

ただ今、伊藤由奈さんのCDを聴いてます。私は、前から伊藤由奈さんは好きでしたね。

アルバムも聴いていますが、良い曲が多いです。

メタル、ハードロックはあんまり聴かなくなりましたね~。

もう、いくつ寝ると千綿偉功さんのチャペルでのLIVEです。o(*^▽^*)o

楽しみ。彼のファン層は、若い女の人が多いので、うちの男友達が来てくれると、かなり嬉しいと私は思ってます。

本当に、CDにした「アイノウタ」の中の、2曲目の「ありがとう~知覧よりの手紙~」をやって欲しいとファンクラブの方に言ったら、「是非、お便りで(千綿さんへ)思いを・・・・・・」みたいな感じを言われて、あんな曲が書けたのだから、かなりの成長はしてると思う。

今回のLIVEは、2回目だそうで、キリスト教チャペルで演奏されます。

バンド形式か、弾き語りか、両方か、は行ってみないと分からない。まあ、分からないのも楽しみの一つですからね。

久しぶりです。千綿偉功になってからの唄うたいの方。(*^-^)

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午後は、また、キリスト教のネタで書きます。

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神さまから問われていること

キリスト教には、聖書の中で良きサマリア人のたとえ話しがある。まずは、その箇所を紹介します。↓(ちなみに、聖書は新改訳聖書第3版です)

【新改訳改訂第3版】<Luk>

10:29 しかし彼は、自分の正しさを示そうとしてイエスに言った。「では、私の隣人とは、だれのことですか。」

10:30 イエスは答えて言われた。「ある人が、エルサレムからエリコへ下る道で、強盗に襲われた。強盗どもは、その人の着物をはぎ取り、なぐりつけ、半殺しにして逃げて行った。

10:31 たまたま、祭司がひとり、その道を下って来たが、彼を見ると、反対側を通り過ぎて行った。

10:32 同じようにレビ人も、その場所に来て彼を見ると、反対側を通り過ぎて行った。

10:33 ところが、あるサマリヤ人が、旅の途中、そこに来合わせ、彼を見てかわいそうに思い、

10:34 近寄って傷にオリーブ油とぶどう酒を注いで、ほうたいをし、自分の家畜に乗せて宿屋に連れて行き、介抱してやった。

10:35 次の日、彼はデナリ二つを取り出し、宿屋の主人に渡して言った。『介抱してあげてください。もっと費用がかかったら、私が帰りに払います。』

10:36 この三人の中でだれが、強盗に襲われた者の隣人になったと思いますか。」

10:37 彼は言った。「その人にあわれみをかけてやった人です。」するとイエスは言われた。「あなたも行って同じようにしなさい。」(以上)

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何故、ここの箇所を紹介したのかと言うと。皆さんもそうかもしれませんが、ちょっと外出したり、電車に乗ったり、今日は図書館でしたが、見るからにホームレスの男性に出くわす回数が多いのです。

そして、家に帰ってから、もの凄く、『あの時に、倒れていた、世間の皆さんからも白い目で見られている人』と思うと、何で、駅員さんに助けを求めなかったのかと散々、後悔します。綺麗ごとに聞こえてしまうかもしれませんが。

一日は思いが残るかな。それだったら、何故、そういう肩身狭い人たちに哀れみを実際声をかけたりしないのか。

ちょっとじゃなく、半端無く反省してしまいます。

神さまが、私の中に働きかけてくだっさっているような気がするのです。

そりゃ、臭いだって私は苦手ですよ。

以前、身体の障害者さんと野球大会をやった時も、よだれは半端じゃないし、臭いは我慢の限界だったし。

祈って祈っていくつもりですが、どうも、神さまは私を成長させたいらしい。

特に、「マザーテレサ」のような事はとてもじゃないけれど、真似出来ないですが、小さな事かもしれませんが。

し、目の前に↑の聖句にある人や、たまに、外出してもし、そのような人が居たら、何らかの話しでも聞いたりしたいなあと思っています。

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こんな世の中だから、ホームレスの方々は汚く見がちですが、早朝、母は歩いているのですが、結構、多摩川べりでもホームレスのおじさん達が多いらしく、何の偏見も無い母は「皆、ホームレスの人を嫌がるけれど、話すと面白いわよ~」と言っている。

「信仰、希望、愛」を貫けるか。祈って祈ります。

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日本人のマナー

日本人のマナーの悪さは、何も、子供だけじゃない。いや、大人もかなり悪いかもしれない。

うちの市でも、よく、見られる公共物や他人の物へのスプレーによっての落書き。正直、気分を害する。

公害じゃない?と思う。だって、「悪い」事だと、分かっていて「悪い」事をやっているのだから。何の言い訳も通じない。彼らの動機?子供より悪いかもね。てか、どーでもいい。

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2009年のこの間の8月1日に、フジ・クラシックゴルフの中継をやっていた。

単独、トップで、首位争いをしたのは、主にパットだったようだが、相手は、ブライアン・ジョーンズ。

そこで、また日本人のマナーを問われるような言動をした石川遼君のファンが居た。

まあ、遼君がトップになってくれたら嬉しいのかもしれないが、最低限のマナーは知らないと、かなり思わされた。

遼君もパットが冴えていた。そして、それを追う形になった、ブライアン・ジョーンズのゴルフ。

そこでだ。ブライアン・ジョーンズがパットを外してしまった時に、手を叩いて「ナイスショット!」とある日本人のギャラリーが居た。

それが、どんなにか遼君が悲しんだか。優勝しても、彼は涙ながらに(その事には、直接は触れなかったが)「ブライアン・ジョーンズがいかに、素晴らしい選手」であるかを語っていた。

同じゴルフを愛する者同士の流す涙と、適切な言葉を言う17歳の大人より大人だと痛感させられた。

遼君は、きっと、日本人ではトップクラスに行くだろうとは、父のゴルフの見方。

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私は、これは、よーく覚えていますが。

何十年か前(私がまだ学生だった頃)に、まだ、岡本綾子さんが現役の時に、同じような事があった事を記憶に残っている。

やはり、野次だった。

あれは、確か、パットではなかったと思いますが、首位争いをしていた時です。

2位の選手が、とんでもない所に打ち込んでしまったと記憶している。

その時に、デカイ声で「ナイス・ショット!」と言ったギャラリーの一人が言った。

岡本綾子さんは、それが、悲しくて悲しくてしょうがなかったのだろう。

涙を・・・と言うか、泣いてましたね。怒ってました。

それを、インタビューで話したかは、もう、覚えてませんが記憶には残ってます。

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ゴルフに限らず、日本人はマナーが悪い。私も人のことは言えないぐらいのミーハーですが、自分の責任の範囲でのミーハーです。

誰かが、「あっちが良い」と言えば、そっちにうわ~っと行くのも日本人の、あんまり、よろしくない特徴とも思います。

マナー違反。私も気をつけよう。

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映画と原作とお遊び

よく、本が売れると映画化されたり、TVでドラマ化されることって多いですよね。

私が今読んでいる「いま、会いにゆきます」(市川拓司著)も、原作の方が実は大変面白いし、いくらでも想像が膨らむ。

映画では、否応にも、この人物はこうゆう顔をしていて、口癖がこうで・・・・・・なんて、あまり、想像が膨らまなくなって原作の方が良いと、私は思える人物の一人。

母にも「何か原作とかの方が良くない?」と聞くと「そうよ。大体は、原作の方が面白いわよ」と言っていた。

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私は、ほとんど(メディア不信でもあり)TVは見ない。

見ても、ニュースかドキュメントしか見ない。

でも、最近やっと話題になったか・・・・・・と、思った「余命一ヶ月の花嫁」も、私は、彼女のドキュメントしか見ていない。

というか、映画で、妙に脚色されたら(万が一、お涙頂戴みたいになってたら)それは、あまりにも勿体無いではないかと思った。

それは、もう、亡くなってしまっているけれど、主人公の千恵さんの本意でもないと思うし。

でも、彼女の意思であった、「病気は、なる前って『他人事』なんですよね」と言う事が生かされてあれば十分か。

せめて、彼女の素晴らしく、彼女らしい生き方が、ありありと伝わってくるドキュメントは、もう、何回も(深夜でも)放送されているので、私は映画は正直、私の中の千恵さんのイメージを壊したくないので映画は観ないと決めていた。

「髪が抜けても、胸がなくても千恵が千恵でいれば俺はそれでいい」と言う花婿は、私も感動しましたが、母が悲痛な事を・・・・・・「私もそう言われてみたい」(~ヘ~;)ウーン。

ちなみに、千恵さんの事をもっと知りたくて、本も読みました。

是非、映画「余命一ヶ月の花嫁」が必要以上に美化されては・・・・・・といらぬ心配をしてます。

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最近、ここの所、本当に2ヶ月前に古着屋が近くに出来た事と、髪型が長いので、どうしようかと検索から始まり、髪の毛の「編込み」の動画を何十回も観てやっとコツがつかめて、後もう一歩ですね。

そして、最後は、顔。σ(^_^;ワタシ

これは、元の顔がちゃんとしていないと限界がある。(ノд・。)

悲しい現実。でも、今日、ずーっと似合わないと思っていた、小悪魔デカ目メイクに挑戦中。アイラインが上手く引けなかった私は、動画を見ながらの作業。

やはり、アイラインを今日、慎重に選んできたせいか、目にラインを入れると目が引きしまる。

実は、油性ペンでどうか・・・・・・と。(笑)やってみたら、良かったので、アイライナーを買ってきた。

ちょっと、高めだったけれど、30%引きで、良いのを手に入れた。

女性は、何故、「美」を求めるのか。永遠のテーマですな。

(ちょっと、「オトメン」の映画化はかんべんして・・・・・・。)

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本当、こうゆう事が(オシャレ)が、かなり、インターネットの動画とかで、沢山出てくるので、楽に化粧のポイントが押さえられる。

まあ、モデルの皆さんが女優であったり、モデルさんであったりするので、元々が全く違うって言う悲しい悲しい現実ですが。

プロ級の、モデル顔、女優顔を求めたいのなら、やはり、今は流行りに流行っている小悪魔デカ目メイク方法ですかね。

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あまり、お金をかけず、オシャレは出来ます。

髪の毛を編込みにするのに、もう、30回以上はやったかな。

今、何気に、私は古着屋の300円以下の服じゃないと買わないのですが、ちょっと、暇そうなお友達を(洋服が無いとの事で)古着屋に連れて行こうかと検討中。

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懸念していたもの

正直、ブログを始める時に、コメントは拒否していたのは、やはり「私に躓かないように」と言う配慮を貫けば良かったと思いました。

ちなみに、聖書を持っている方「躓き」について書かれてあります。

マルコ福音書9章42節、ルカ福音書17章2節。

これは、このブログを見ている全ての方に言えます。

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今は、ネットで本当にキリストの教えを正統に説いているHPもありますし、興味がある方は、検索してみてください。

このブログにも言えますが、私の言っている事全て=キリストの教えと思われたら困ると。

でも、日本の教会は、1箇所だけ行ったから=「それが、キリスト教の教え」だと思われたのは、やはり、残念な事ですね。

確かに私も教会で色々あって、教会選びは困難でしたよ。

教会の中にも、異端、カルトは確実にありますしね。

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例えば、「三浦綾子さんの語っていること」=「キリスト教の全て」は、恐ろしいです。

私がそうなっていたとしたら、「三浦綾子教」でしょう。

あの「三浦綾子さん」だって、神さまの代理は出来ないと。

でも、彼女の言っている事は確かに正しいし、本を読んでも恵まれて素晴らしい事を書いていらっしゃいますが。

「三浦綾子さん」が口をすっぱくして「教会に(正統的な)行って聖書をより深く学ぶ事が大切だと思います」と言われた事を思い出しました。

私の役割ではなく、神さまの役割なので、私では役不足ですね。

コメントはもう、一切、受け付けない事にしました。(マッキーさんごめんね(^^;;;

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昨日は、北海道の兄弟と二人で、お話が出来て「声が落ち着いているから安心した」と言ってくれました。

Tやんとは、もう、20年ぐらいのメール友達ですね。

その当時からの、メールのやり取りはほとんどプリントアウトして、ファイルしてあります。

今でも、そうです。(プリントアウト魔)

要するに、自分でも「人に希望を与える言葉がどんなに大切か」を教えてくれたのは、Tやんの信仰からです。

「毎日、今日は、はあの子はどんなメールを送ってくるのだろう?」と会社に居ても心配してくださってました。

もちろん、壮年で、お子さんもいらっしゃる、クリスチャンの方です。

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昨日は、一日、コスメとヘア(髪型)の特に、「編込み」をマスターしようと、ずーっと「編込み」の動画を見てやってました。

後、ちゃんと出来るようになるには、もう少しです。(^^;;;

メイクも、英語圏の方々の女性のを見るほど。(^^;;;

まあ、こんな事で、一日暮れるのも良いかなあ~と思いました。

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