戦争

本から(2回目アップ)

言ったかもしれないが、「きけわだつみのこえ」を読みながら、千綿偉功さんの「ありがとう~知覧よりの手紙~」を聴くと10倍泣けます。だって、この人たちのお陰で、今の平和が保たれているわけです。

:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+

「きけわだつみのこえ」は、第二次世界大戦の最中に書かれたもののようです。

いわゆる、「遺書」ですね。(感想では)「(前略)それでも本書のいかなる頁にも、追いつめられた若い魂が、---自然死ではもちろんなく、自殺でもない死、他殺死を自ら求めるように、またこれを「散華」と思う(戦争を美化する)ように、訓練され、教育された若い魂が、若い生命のある人間として、また夢多かるべき青年として、また十分な理性を育てられた学徒として、不合理を合理として認め、いやなことをすきなことと思い、不自然を自然と考えねばならぬように強いられ、縛りつけられ、追い込まれた時に、発した叫び声が聞かれるのである。(中略)

(感想の最後に・・・・・・)死んだ人々は、還ってこない以上。

生き残った人々は、何が判ればいい?

死んだ人々には、なげく術もない以上、

生き残った人々は、誰のこと、何を、なげいたらいい?

死んだ人々は、もはや黙ってはいられぬ以上、

生き残った人々は沈黙を守るべきなのか?」(1949・8・31)

○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*

戦争の問題は、聖書の中では、どう捉えていいのか?今の私には正直分からない。旧約聖書では、神さまの争いと言う事が沢山出てくる。

ただ、自分が他人事に思えないし、それ以上に、今、こうして書かずにいられないのは、それが動機。

私は、神さまが私の創造主によって自分を造られたと思っている。でも、それは、私が選んだ事ではない。自分がこの世に生まれようとして、生を受けたわけでもない。

神さまの選びで、この家庭に生を受け育った。

幸いに「キリスト教」に対しては、両親は大変理解がある。教会への送り迎えも、(自転車ではとても行けないので)両親は「自分達が出来ない事を、教会の人がやってくれている」と思って送り迎えもしてもらっています。

他の、S教や怪しい宗教、(新興宗教など)を「お前が、そういう宗教を信じたら、追い出すからね!!!」と、母は言う。

私も、不思議に思ってますね。

○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*

子供の時から、神さまを何となく存在を考えていた。

小5の時に、インコのひなを2匹飼っていました。インコのひなと言うのは、とにかく、隅っこが好きで、その時は、窓の枠の端に2匹もぐり込んでいた。

そして、悲劇だったのは、母親が帰ってきて「何でこんな暑いのに、何でまた閉めてるの!」と怒って、窓を思いっきり開いてしまった。

インコが鼻血を出して、『即死』だった。2匹の可愛いインコ。もちろん、爆泣きした。。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。

ちょうど、母親の友達が来ていて慰めてくれたけれど、涙は止まらなくてダメでした。

ある日、「ごめんなさい!」と言う気持ちが一人の時に、心の底からこみ上げて来たんです。それで、小5の私が何かに対して「うわぁーーー!ごめんなさい!!!」と空に向かって懺悔していた。

そうしたら、一言「赦す」と男性の声が聞こえたのです。

その時点で、ピタッと泣くのを止めた。そういう子供だった。変な子供だったな。子供らしくない。

よーく、考えると小さい頃から、何だか、やはり変わっている人だと思います。

でも、大人になって、今の教会に導かれて、本当に良かったと思ってます。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

求道中の方とか、求めていらっしゃる方々は、希望を捨てなければ、必ず、イエス様の存在を知ったら、いきなり別人とはいきませんが、考え方が変わってきます。

私も、ほとんどの事を笑い飛ばしています。あんな・・・・・・私が・・・・・・。

だから、「イエス様にすがっていけば、大丈夫」とだけは言えます。

にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ
にほんブログ村

| | コメント (0)