大切な人

祈っています

父の身体の具合の悪さが、ここ毎日のようにあって、最近心臓にも疾患が見つかって、昔に、肺がんの手術もしている。

それで、どのデカイ病院では、そんな父の病気は、どこを調べても悪い所は見つからないと追い返されるか精神疾患だと決め付けられたり、他の医者に変わっていたりと信頼出来ない対応が多かった。

私は、医者って言うものは「分からない」ものを「追求して原因探しをして患者を診る」わけで、「分からない」からという医者の言い訳は、本当に言い訳だと思う。

やはり、医者って人格者を求められます。

少なくとも、盥回しする医者は信用出来ません。

父が、あんなに毎日苦しんでいるのに、悪い所が無いはずがない。

肺か、循環器は確かです。今日父と母が行っている所は、私がよく以前に通っていたおへそから上の専門の医者です。

私は、この医者で気管支炎が見つかりました。左の気管支だけだったな。それで、お薬処方してもらって、治りました。

ファイバースコープをやりましたね。賛美してても、高いCが出なかった。

すごーく、感じの良いユニークな医者だといつも思います。人の苦しみも「理解出来ないから」とほっておくのではなく、追求して下さっていたのを思い出します。

この医者から「君は、本当に変わった。前は、薬のせいかボーッφ(‘‘)_ としてたけれど、動作もテキパキしているし。別人だよ」と言われました。

今日は、この医者のためにも祈り、父はam7:30頃に予約で母と一緒にそこのクリニックへ行っています。

もう、約3時間は経っているので、クリニックへ電話したら、まだ、診察が終わっていないとの事。

「あーーー!やっと、診てもらってる!」と後は、医者の度量にまかせて、父に勧めて良かったとつくづく思いました。

まー、あんなに苦しそうなのに、人に当たったり、愚痴一つこぼさないのは父は凄い精神力だと思います。

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私って不思議に思っていたのですが、「夜回り先生」とかの「水谷修先生」や、千綿さんの歌詞に出てくる「・・・君が悲しみに暮れる時は、どんなものでさえ敵にまわすよ」と言うフレーズに非常に惹かれる。

うちの父は、どちらかと言うと存在自体が影が薄かった。

父に、大きな物事を頼むと必ず、相手に言いくるめられて帰ってきて、母が父の尻拭いをするということで成り立っていた家族だった。

母が要するに、父親役もしなくてはいけなかった。

結構、大変だったと思うが。父は何度も大きな手術しているし。

やはり、そういう母に千綿さんの歌詞を教えたら「私も言われてみたい!」と言っていた。

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女性が生まれつき持っている欲求は「セキュリティー」だと言う。

普通の女性は「自分を本当に愛してくれるか」の確認だったりするけれど、(それも、後、金銭の問題もセキュリティーですね)私は、普通の女性とかなり違う道を歩んできたもので、本当に自分の「セキュリティー」をこれ以上は下げることは出来ない。

そもそも、女性は皆さんそうでしょうけれど、もう、出来ている「セキュリティー」は満たされるのは難しい。

でも、「あなたが、愛する女性の『セキュリティー』を満たしていてあげていれば、彼女は地球のどこまでもあなたに従ってくるよ」とのアドバイスも。

私の、「セキュリティー」は、本当に「夜回り先生:水谷修先生」ぐらいを求める。

と言うか、求めてしまうんだな。そんな人、居るんかいな・・・・・・。(T^T)

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しかし・・・・・・「婚カツ」って言うの流行ってますね。

本当に、受容があるからだとは思いますが。

どうゆう動機なのかは、分かりかねますね。個人的に。

(~ヘ~;)ウーン。後で、山のように後悔し、涙流す女性が多く見ている私は、どうしようも出来ないですが、結婚は人生における一大事なので、それで苦しむ女性たち、男性も、安易な道を選ぶのは望んでいることとしては、予想以上に難しいと私は思うのですが。

幸せは、それぞれ違うので、何とも言いがたいですね。

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お父さんへ (2)

イエス様について、ちょっとしばらく考えながら書こうと思います。

世間に言うクリスマスは、クリスチャンもノンクリスチャン(イエス様を受け入れていない人たち)もイエス様がお生まれになった誕生日と思っているが、日本人は基本的には、キリスト教を全く知らない人でも、何故か、お祭り騒ぎ気分になっているようである。

さて、ほとんどの家庭では、赤ちゃんが授かるということは、多いに祝福されることだろう。

聖書によると、イエス様を身ごもったマリアは処女であり、まだ、婚約の身であり、多いに不安で心がいっぱいだっただろう。

そんな、マリアに、神さまのみ使いから(イザヤ書714節)「それゆえ、主みずから、あなたがたに一つのしるしを与えられる。

見よ。処女が身ごもっている。そして男の子を産み、その名を『インマヌエル』と名づける。」と祝福を受けている。

(『インマヌエル』とは、『神さまは私と共にあるという意味』)母、マリアは、そのみ使いの言葉を、真摯に受け止め、こう告白している。

「ほんとうに、私は主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおりこの身になりますように。」マリアは偉い!とそのへりくだった信仰には感心する。

ルカ福音書では、また、母マリアはこの喜びの訪れをこのように表現している。「わがたましいは主をあがめ、わが霊は、わが救い主なる神を喜びたたえます。主はこの卑しいはしために目を留めてくださったからです。ほんとうに、これから後、どの時代の人々も、私をしあわせ者と思うでしょう。力ある方が、私に大きなことをしてくださいました。その御名は聖く、そのあわれみは、主を恐れかしこむ者に代々にわたって及びます。主は、御腕をもって力強いわざをなし、心の思いの高ぶっている者を追い散らし、権力ある者を王位から引き降ろされます。低い者を高く引き上げ、飢えた者を良いもので満ち足らせ、富む者を何も持たせないで追い返されました。主はそのあわれみをいつまでも忘れないで、そのしもべイスラエルをお助けになりました。私たちの祖父たち、アブラハムとその子孫に語られたとおりです。」

決して、イエス様はでたらめにお生まれになったのではなかった。

しかし、イエス様は、何故、赤ちゃん(人間)として、この世にお生まれになったのだろう。赤ちゃんは無防備で弱い弱い、無力な存在である。とても、日本人がイメージする神さまの姿とは、かけ離れていると思われる。権力、力等とは正反対である。

しかも、イエス様がお生まれになった場所は聖書にもあるように、どこの宿屋も「彼らのいる余地がなかった」からと、世から閉め出されたような、かろうじて馬小屋でようならと馬小屋でお生まれになった。

もし、イエス様が世の王の子供としてお生まれになっていたらどうなっていたかと考えたりもするが、これが、神さまのへりくだりのお姿だったのであると思う。

神さまがいつまでも、天で神さまでいることに固執しないで、人間という姿をとってお生まれになってくださった。

そして、普通の大工の息子として30年。

福音を述べ伝える3年間の公生涯まで、父、母、兄妹たちと神さまと人々に愛されて育ったのである。

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どうしているかな

毎日のように、電話して話しをしていたH姉妹は、今、どうしているのだろう?

彼女は、私より10歳ぐらい年上で、太ってしまい、糖尿病持ちで、しかも、2級の精神疾患の持ち主で、障害者年金で暮らしていた。

でもよく、彼女とは馬鹿笑いをしていました。

そして彼女は「私はあなたの味方だからね!」と言ってくれてました。

彼女はクリスチャンでしたが、近くの教会へは行ってませんでした。

まあ、そこら辺の事情は、色々あったので言いませんが。

しかし、彼女は若い頃、物凄い美人でした。

もう、結婚してくれと十人以上の男性クリスチャンから言われたそうです。

彼女曰く「私、すぐ見初められちゃうの。困ってねぇ~。全部、断わったのね。それで、皆、私の事を優しくないのに、優しいと思うらしいの」とも言っていた。

それは、後に、送られてきた彼女が若い頃の写真でビックリ!!!

どえりゃ~ビックリ!!!しましたよ。まさに、男が求める癒し系のモロ美人。

これは、男性はほっとかないだろう・・・・・・と。

そして、私がこうゆう男性が私には心の中に居ると言って、ラブレターを読んでもらったら、彼女は「あの手紙読んだらドキドキしちゃったわよ」と言っていて、私は「それが、恋愛って言うものよ」と。

そして「相手の胸に抱かれるのを夢見なければ逆にそれは恋愛ではないのよ」と言うと彼女は「えーーー!」とビックリし、「じゃあ、私は恋愛は一回もしたことないわ!」と言っていた。

まあ、それは、それで良いと思います。

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彼女は、強迫神経症と鬱の持ち主で、ある日、「すごーく、今、Hは落ち込んでしまって、連絡は控えて欲しい」とお姉さんから。

彼女を支えていた地方の牧師達にも全て着信拒否をするらしい。

入院かな・・・・・・とも思った。

彼女は、落ち込むとやはり鬱が強くなるので、通常の状態ではなくなる。

もう、彼女とは、連絡は取り合えないと思うが、糖尿病も持ち合わせているので、合併症が気になる。

身体と心の病気。落ち込み・・・・・・。どうしているかな。

もう、一ヶ月以上は、連絡してなかった。

もしかしたら、御国で逢うことを願うしかないかな・・・・・・。

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