家族

父への手紙

面と向かっては、難しいので、お手紙を毎日書くことにしました。

お母さんは、宗教の話しは止めろと言うけれど、私をここまで元気にさせてくれたのは、イエス様によってとしか言えないし、確かに神さまは居ますよ。

例えば、具合が悪い時でも、「神さま、苦しいです。助けてください」とお祈りして、「あら?」と言うぐらい楽になる経験は少なくないです。

そういう恵みとか、神さまは愛のお方だと少しずつだけれど、お父さんの心に伝わるように祈りながら書いてみます。

何故、今、お父さんがこのような辛い時に、私がこのような事を書くのは、娘にとって神さまは、どのぐらい重要なものかを知って欲しいからです。

お父さんも、お母さんも神さまが愛している存在だと思うからです。

それを、無言の証しとしてなかなか表すのは難しいし、娘としての立場から言うのも難しいですが。(欠点は知られてるし)

私の自律神経失調症の時は、死ぬかと思いましたが(知っている皆さんからは「よく、ここまで来れたね~」と言います)決して、そのまま、その苦しい症状は永遠に続くものではないということをジャーナリストのフィリップ・ヤンシーが言っています。

私もそう思います。でも、長く続いても、それも何が悪いとかじゃなくて、神さまから見たらきっと何かの意図、ご計画の中に居ると言うことは言えます。

神さまのなさることで、無駄な事、悪い事は一つもなく、いつも最善の導き方をそれぞれになされていると思っています。

そのプロセスの中で、例え病気の真ん中に居ても心が平安だと言うような神さまをお父さんが信じられるようになって欲しいのが、私がこうしている動機です。

まあ、でも、シンプルに私は考えていて、どんな問題でも自分が諦めなければ大丈夫だと言えます。

私は、今、この事を伝えなくては、将来とても後悔すると思っています。

聖書とは、特別な本です。ただの本じゃないです。神さまを正しく証しする本です。

沢山の宝のような、言葉が沢山あります。初めは分からなくてもいいのです。そのぐらいの、スタンスで。でも、言い換えれば、この聖書は神さまからのラブレターです。

「あなたは、私(神さま)の眼には高価で尊い。」と、言う神さまです。

私は夢を見ています。いつか、お母さんとお父さんと3人で教会へ通う日を。

私では、なかなか、分からない部分も多くあるので。

でも、人数も少ないし、前の教会とでは、雰囲気が全く違います。安心して良いです。

詩篇46編 1節~2

「神はわれらの避け所、また力。苦しむとき、そこにある助け。」

「神さまが苦しまなかったら、私達は神さまの愛を知らなかった。

 私達が苦しまなかったら、神さまの愛は分からなかった」   

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